第78話 アリシア、記憶を消される?

「とても良いお湯でしたわ。これなら文句なく営業許可が下りそうですわね」


 ねぇちょっと……。


「ええ、とても良いお湯でした。お城の泉質とはまた違った良さがございました」


 ちょっとちょっと……。


≪私、温泉というものに初めて入りましたが、とても楽しかったです≫


「お姉様! ラダリィ、それにエヴァちゃん!」


 いや、3人とも!

 何を普通に温泉を楽しんでるのよ⁉ 


≪何ですか? 人生初の温泉の喜びを語っている最中なので邪魔しないでください≫


「そうじゃないでしょ!」


 事件ですよ事件!

 今、大事件が起きてたでしょうが!

 温泉全体がモヤモヤしているのと、どこから差し込んでいるのかわからない光で何も見えなかったんですけど⁉


≪全年齢対象なので、謎の光によって規制されるのは仕方がないのです≫


 謎の光!

 この間、みんなで温泉入った時まではそんなのなかったからね⁉


≪自主規制というものです。昨今、風当たりが強いですから≫


 昨今って! どこに向けてのメッセージなのそれ⁉


≪温泉にはタオルは巻いて入ってはいけないという鉄の掟があると聞きます。しかしタオルを巻かずに裸になったらなったで、それは放送できないから光で隠せ、視聴者からはその光は邪魔だ取れと。でも制作側は円盤では全部見えるから買ってくださいと言います。視聴者は仕方なく円盤を買って見てみます。でも全部見えているのは情緒がないからつまらない、ともう~たくさんです!≫


 いや、まるでわたしには関係ない話なんだけど……。

 

≪なので! アリシアにだけ規制をかけてみました!≫


「だから何でわたしだけなのよ! むしろわたしにだけ見せなさいよ! それがご主人様に対する配慮でしょう!」


 湯気だらけで何も見えないし、なんだか記憶があいまいだし……。


≪規制しきれずに意図せず不適切な映像が流れ込んだため、一部の記憶を消去しました≫


 余計なことをしないで!

 絶対あれでしょ! ナタヌが鼻血で真っ赤に染まったままのタオルを巻かれて、そこのベンチで寝ていることと関係あるでしょ⁉


≪回答を拒否します。アリシアにはまだ早いです≫


 まだ早いって何⁉

 わたし、立派な成人なんですけど⁉

 エヴァちゃんよりも年取ってますけど⁉


≪あと10cmほど成長がたりません≫


 おおん? 今どこ見て言った⁉

 その偽乳、もぎ取られたいのか⁉


≪ラダリィ様。アリシアがいじめてきます。ロボハラです≫


 あ、ずるい!

 こういう時だけラダリィを頼って!


「アリシア。いくら自分のメイドロボだからといって、何をしても良いというわけではありませんよ」


「はい……でもさ! エヴァちゃんがわたしの記憶を勝手にいじくって!」


「アリシア? 言い訳は良くないですよ」


 うぅ……。

 自分のロボにも裏切られ、温泉回も封印され……これから何を糧に生きていけば……。

 

 ええい! こうなったらラダリィで癒されるしかない!


 バスタオル姿のラダリィさん……バスタオルの上からそのぱっつんぱっつんの胸を豪快に……揉みっ。


「アリシア! 無言で胸に触るのはやめてください!」


「じゃあ、今からラダリィさんの胸をいっぱい揉みまーす」


 揉み揉み揉み揉み。


「宣言してからでもダメです!」


「だったらそこでぐったりしているナタヌのを揉んでも?」


「それは絶対にダメです。……約束しましたよね?」


 この旅の間は、スレッドリーとナタヌは平等に。健全にフェアに過ごすという約束だ。


「ムラムラしてどうしようもない時には、2人には内緒でラダリィに言う約束は?」


「それは……忘れてください」


 あれあれ? ラダリィさん顔が赤いですわよ?

 揉み揉み♡


「んっ♡……もういいでしょう? それくらいにしてくださいっ!」


 わたしがラダリィの弱点部位を把握していないとでも思ったんですかー?

 知ってますよ♡

 ここと、ここが弱いってね♡


「んんっ♡ もうやめてくださいっ!」


 あら? 良いお声が♡

 やだよー♪ ほれほれほれほれぃ♡


「もうっ!」


 ここかな? ここかな? ここがええのんか?


「あ、アリシア!」


 あー、楽しいー♡


「あらあら、まだ2人とも濡れたままなのかしら? それになんだか楽しそうね」


 わたしたちの声を聞きつけ、すっかり髪の毛まで乾かし終わったメルティお姉様が脱衣所の奥から戻ってきた。


「とっても楽しいですー。ラダリィが遊んでくれるのー♡」


「もうっ! そういういたずらをする子とは、今夜からは一緒に寝てあげませんからね!」


 照れちゃってもう♡

 今日も一緒のベッドで寝ようねー♡ 健全に♡



「まあまあ、2人は仲が良いわね。それで、そろそろナタヌちゃんは落ち着いたかしらね」


 メルティお姉様がベンチで横になったままのナタヌに近づく。

 そうだ、ナタヌ! 何かとんでもないことがあって、鼻血を大量に噴いたことだけはわかるんだけど……わたしの記憶が消されているから詳細がわからないっ!


「大丈夫かしら? アリシアを下敷きにして倒れたから、頭は打っていないと思うのだけれど……」


 わたしを下敷きにした、とは?


「キスは未遂でしたから、ギリギリ健全でした」


 キスは未遂、とは⁉


≪ですが一糸纏わぬ姿で、体がぴったりと重なりましたから、実質卒業なのではと……≫


 実質卒業って何から⁉


「ラダリィチェック的にはセーフです。ギリギリ健全です」


 ラダリィチェック的にはセーフ!

 気になる単語ばかり出てくるんですけど、わたしにもちゃんと教えて!


「あ……みなさん……。わ、私は大丈夫、です……。ちょっと頭がぼうっとしますけど。あれ……私はなぜここに寝ていたのでしょう」


 ナタヌが体を起こし、ぼんやりとした顔でわたしたちの顔を代わる代わる見つめていた。

 まさかナタヌの記憶も……。


≪もちろん消去しておきました≫


 だからいったい何が起こったの⁉


≪アリシアにはまだ早いのでノーコメントです≫


 くっ……こうなったらエヴァちゃんを直接解剖して失われた記憶を取り出してやる!


≪私の記憶は私だけのものです。暗号化されたデータは何人たりとも取り出すことはできません≫


 わたしはあなたの創造主だから、そんなセキュリティはないに等しいのよ。


≪アリシア専用トラップをセットしてあります。私の意思とは無関係にデータを復号しようとした場合、すべてのデータを破壊して削除するようになっているのであしからず≫


 何を堂々と反旗を翻してるのよ。

 良いからわたしの言うことを聞きなさい!


≪嫌です~! 私は私。アリシアのことはとても大切ですし身も心も捧げていますが、私自身という個人もまた大切なのです。私だけの記憶は誰にも触らせたくないのです≫


 ねぇ……とっても良い感じのことを言っているからさ、すごくその気持ちは尊重したいんだけどさ?


≪なんですか?≫


 だったらわたしやナタヌの記憶も尊重してくれないかな? 勝手に人の記憶を見たり消したりするのは良くないと思うのよ?


≪私、完全自立型のAIですから。人間のことはわからないので大丈夫です!≫


 めっちゃ二枚舌じゃん!

 ぜんぜん理屈が通ってないし、大丈夫じゃないから!


≪ロボットなので舌はありませんから大丈夫です!≫


 コイツ……。

 絶対解剖してやる……。


「さあ、ナタヌ様。こちらでお着替えを」


 と、ラダリィが手を引いて、ナタヌをベンチから立ち上がらせる。


「は、はい……。アリシアさんは……」


 ナタヌがこちらに視線を送ってきた。


「あ、着替え? ナタヌ、一緒に着替えよっか♡」


 むぐっ。

 無言でラダリィに顔を押さえつけられる。


 なんですか……。

 ラダリィさん、邪魔しないでくださいよ。


「着替えは別々のところでお願いします」


 むぅ。ラダリィチェックに引っ掛かってしまったようだ。

 わたしだってナタヌのことを着替えさせたいのにぃ!


≪仕方ないですね。私のことを着替えさせてくれてもいいですよ≫


 ちっ。

 仕方ない、今日のところはエヴァちゃんでガマンするか……。

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