第76話 アリシア、ネタ晴らしを聞かされる

 スレッドリー(ロボ)の体を『構造把握』で確かめる。

 屋上から落ちて、どこか故障箇所があったら大変だし……。


「え、あれ?……普通の人間? ロボじゃない……⁉」


『構造把握』した結果は、どこからどう確認してみても人間だった。

 

 じゃあ、スレッドリー本人ってこと……?

 そんなことが? 灼熱温泉地獄に落ちて、一瞬にして骨まで溶けたのに?


「エヴァちゃん……まさかロボじゃなくて人工生命体を作り出しちゃったの?」


 禁忌を犯してしまったの?


≪ハハハ、まさかぁ。そんなことをしたらたとえこの完璧なる存在のエヴァちゃんでも、女神様からきつい罰が下ることくらいはわかりますよ。女神様に盾突くなんてそんな愚行を犯す人なんていませんよ、ね?≫


 鼻で笑いながら馴れ馴れしく肩を叩くんじゃない。


「ちょっと。じゃあどういうことよ? このスレッドリーはロボじゃなくて人間よね?」


 小声で確認する。

 遠巻きに心配そうに見ているみんなに聞かれたくはない。


≪ロボでもなく、人工生命体ではなく、人間。つまりそこから導き出される答えは~?≫


「……もしかして本物?」


「は~い、ピンポンピンポン♪ アリシアちゃん大正解!」


 アスレチックパーク内に設置されたスピーカーから、大音量のファンファーレと愉快な音楽が流れてくる。


「うっそ。じゃあこれってホントのホントに本物のスレッドリーなの……? えっ、スレッドリー……?」


 気まずそうに下を向いたままのスレッドリー(本物?)に呼びかけてみる。


「俺は俺だが……」


「だって、灼熱温泉地獄に落ちて、体が溶けて死んだじゃない!」


 それなのに生き返って、体も元通りなんてあるわけがないのよ……。わたしにだってそんな復元は無理……。


「ああ。あのやたらと湯気だけ熱い温泉な。だがお湯はかなり温かったよ。しかし、落ちた瞬間、勢いよく下に引っ張られるように吸い込まれて……気づいたらあの屋上にいたんだ」


 え……じゃあ体は溶けてないってこと?


≪サプラ~イズ! 天才アリシア様~。ちょっとは頭を使って考えてくださいよ~。1000度もあるマグマの上に子ども向けのアトラクションなんて作るわけないでしょう? 演出ですよ、演出♪ 落ちたらとんでもないことになるという演出で盛り上げようってエンターテイメントですよ~≫


 だってあまりにも突然で……。

 ああ、わたし……すっかりだまされたのね……。


≪ピュアピュアなアリシアちゃんと~ってもかわいい♡ チュ~しちゃおう♡ チュッチュ~♡≫


 エヴァちゃんがわたしのほっぺたに吸い付いてくる。


「ちょ、やめなさいって」


≪ん~、チュッチュ♡ かわいい♡≫


 ほら、みんなが見て――。


「何してるんですかぁぁぁぁぁぁぁ!」


 向こう岸に佇んでいたはずのナタヌが瞬間移動のごとくわたしたちの目の前へ。

 勢いそのままに、エヴァちゃんの体を全力タックルで吹き飛ばす。


≪グフォァァァァァァゲルラパァッ≫


 タックルを受けたエヴァちゃんは、おかしな叫び声を上げながら地面を転がっていく。


「だだだだ大丈夫ですか⁉ 今すぐにお拭きします!」


 ナタヌはエヴァちゃんのほうは見向きもせず、自身のローブを捲り上げてから、わたしのほっぺたをゴシゴシと拭き始めた。


「いや大丈夫だってー。エヴァちゃんのやることだから気にしてないって」


「ででででは私がお口直しに!」


 ナタヌが目を閉じ、唇を尖らせて迫ってくる。


「ストーップ! 今はスレッドリーの様子を!」


 ナタヌの唇攻撃をかわし、スレッドリーのほうへと向き直り、ほっぺたに触れてみる。


「あなたホントに本物なのね? どこも悪くない?」


「ああ、平気だ。あそこに落ちて下に吸い込まれた時に、一瞬意識を失っていたみたいだが、どこも悪くない。心配をかけてすまない……」


「無事なら良かったよ……。ホントに溶けて死んじゃったのかと……良かった……」


 わたしは大きく息を吐き、その場にへたり込んでしまった。

 スレッドリーがいなくなったと思ったら、ありえないくらい心がざわついた……。そのことだけが心に残る。


「アリシアさんにこんなに心労をかけて……そんな殿下なんてそのまま消えちゃえば良かったんです……おかえりなさい」


 ナタヌは刺々しい言葉を吐いたけれど、表情とまるで合っていなかった。


「すまない。……今回は俺の負けだ」


「……今回? これまでもこれからも、殿下が私に勝つことなんて一生ありえませんけどね!」


「いいや、次は俺が勝つ」


「寝言は寝てから言ってください。なんなら私の魔法で今すぐに寝かせてあげましょうか? 今度こそ永遠にね」


 不敵な笑み浮かべ合いながら握手を交わすナタヌとスレッドリー。

 2人は良きライバル……なのかな。

 仲が悪そうで仲が良いのかもしれない。でも、2人が付き合ったりしたら、わたし、泣くよ? 絶対やだよ?


「ドリーちゃん……無事なの?」


「殿下……」


 呆けていたメルティお姉様を支えながら、ラダリィとラッシュさんがこちらに向かって歩いてくる。


「姉上。ご心配をおかけしました。チャレンジ失敗してしまいましたが、俺は無事です」


 スレッドリーは立ち上がり、3人に向かって深々と頭を下げた。


 何はともあれスレッドリーが無事で良かった。

 でも、さっき変な声を出しながら転がっていったままエヴァちゃんが起き上がってこないね……。

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