第75話 アリシア、ただ悲しむ

 スレッドリーの魂がスーちゃんのところに行っていないって……。

 スレッドリー……どこ行っちゃったのよ。


『死んだことを理解できず魂が彷徨っているか、あるいは……』


 スーちゃんによる考察。

 魂が彷徨っているって……。あの異空間にいた魂ちゃんたちみたいに?


『推測でしかない。魂は微弱な魔力しか持たないから、離れている場所から観測するのはほぼ不可能に近い』


 じゃあこっちに来て探してよー。

 このままだとスレッドリーが死んじゃう……。


『魂が彷徨っているなら、すでに死んでいるんだがな。そうポンポン復活ばかりはさせられんよ? あくまで、まだ生きている状態でこちらに来てしまった時に、オレの裁量で送り返してやることくらいはできるが……』


 いったいどうしたら……。


「ドリーちゃん……」


「殿下……まさかホントに……」


「お守りできなかった……。すべて私の責任です……。このラッシュ、あなたのもとへ参ります……」


 座り込んだまま焦点が合わず、呆然としているメルティお姉様。

 膝をつき、灼熱温泉地獄を覗き込むラダリィ。

 今まさに灼熱温泉地獄に飛び込もうとしているラッシュさん。

 向こう岸で立ち尽くすナタヌ。


 と、エヴァちゃんが手を叩いてみんなの注目を集める。


≪は~い、みなさん、お静かに~。エヴァお姉さんに注目~≫


 固まってしまった空気をぶち壊すような明るい声。キラキラと輝くマイクを取り出し、小指を立てて話し出す。


≪お静かにお静かに~。なんと1stステージで敗退してしまったスレッドリー殿下……。おお、殿下よ! 死んでしまうとは情けない!≫


 死んでもなお煽られるスレッドリー。

 メルティお姉様も、ラッシュさんも苦い顔をしている。


≪時にアリシア≫


「な、何⁉」


 突然呼ばれて、声が裏返ってしまった。


≪あんなに情けない姿を晒したスレッドリー殿下なんて、もう顔も見たくない、そうですよね?≫

 

「いや……そんなことは……」


 あんなに大口を叩いておいて、ちょっと情けないとは思うけどさ……。もう顔が見られないと思うと……つらい……。


≪あれあれ? アリシアちゃんは~、あの情けない殿下……略してナサケナ殿下の顔が見たいんですか~?≫


「だっていきなり死んじゃったら……」


 まだわたし、スレッドリーに何も答えてあげられていないのに。せめてもう少し一緒にいて、話ができたら……。


≪そんなに会いたいなら~、この完璧な存在であるエヴァちゃんが~、なっさけな~いスレッドリー殿下に瓜二つなロボットを作ってあげますよ~≫


 似ているロボットがいれば良いわけじゃないよ。

 人間ってそういうことじゃない……。スレッドリー本人じゃなきゃ……。


≪3・2・1――サプラ~イズ! エブリバディー、お土産物屋の屋上に大注目!≫


 エヴァちゃんがマイクで指し示す。

 その場にいた全員、マイクが向けられた方向に視線を送る。


≪NEWスレッドリー殿下、カモ~ン!≫


 お土産物屋の屋上から、突然水しぶきが上がった。


「キャッ」


 水しぶきが広範囲に、霧のように拡散してわたしたちにも降りかかってくる。


「いてて……。ここはどこだ……」


 水しぶきの後ろから現れたのは――。


「スレッドリー⁉」


「ドリーちゃん⁉」


「殿下!」


 スレッドリー……のロボット……?


「お、おお。みんなそんなところで何を……おわっ、高い! なんで俺はこんなところに⁉」


 スレッドリー(ロボ)は屋上からこちらを見下ろしてくる。あまりの高さに足がすくんだのか慌てて引っ込んでしまった。


「え、ロボ? 本物にしか見えない……」


 行動や言動もまんまスレッドリーだし、さっき灼熱温泉地獄に落ちた時から記憶を引き継いでいるとしか思えない……。エヴァちゃんのロボット製作技術が恐ろしい。


≪へいへい、スレッドリー殿下~。ビビってないでそこから飛び降りてきてくださいよ~。ロボになったんだから平気ですって~≫


 エヴァちゃんがマイクに声を乗せて呼びかける。


「無茶言うな。こんなところから飛び降りたらケガじゃすまないだろ!」


 スレッドリー(ロボ)は、もう一度身を乗り出してこちらを見下ろすと、またすぐに引っ込んでしまった。ロボなのにビビり……。再現度が高すぎる。


≪世話が焼ける情けな殿下ですね~。強制転送! カモ~ン!≫


 エヴァちゃんが指をパチンと鳴らす。

 すると屋上から先ほどとは比べ物にならないような水量の水しぶき……もはや大量放水が始まる。


 あ、 噴き出しているのは水じゃなくて温泉だわ。温かい。


「おわっ! やめ、やめてくれ! 流される!」


 屋上からの放水に必死になって抵抗するスレッドリー(ロボ)。屋上のへりにしがみつくも、水圧に負け、屋上から投げ出されてしまった。

放水の波に乗って落ちてくる。


「た、助けてくれ!」


≪へい、着水体勢!≫


 エヴァちゃんが再び指をパチンと鳴らすと、今まさにスレッドリー(ロボ)が地面へと叩きつけられる、その瞬間――放水された温泉水が弾力あるジェル状の素材へと変化。スレッドリー(ロボ)の体を地面との衝突から守ったのだった。


≪パーフェクト! I'm a perfect human.≫


 助かった……。

 エヴァちゃんはヒューマンではないけど……。


「スレッドリー、大丈夫?」


 反射的に近寄ってしまった。

 ロボだとはわかっていても、あまりにもスレッドリーに似すぎているし……。


「大丈夫大丈夫。……ああ、俺はまたアリシアの前で失敗してしまったな……」


 スレッドリー(ロボ)は、一瞬だけわたしと視線を合わせたけれど、気まずそうにすぐに下を向いてしまった。


「一応故障がないか確認するね……」


 温泉のジェルクッションで守られたとはいっても、屋上から落ちたんだし、関節とかの可動部に問題が起きていたら困る。


『構造把握』


 あれ?……人間だ。


 ロボじゃない⁉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る