第62話 アリシア、ブドウ農園体験をする
メルティお姉様のお城を離れて、歩くこと30分くらい。
わたしたち一行は『ラミスフィア』の北西部に広がる農地エリアに無事到着!
眼前には、見渡す限り美しく区画整理されたブドウ畑が広がっている。
「おおー、これがブドウ農園! めちゃ広ーい!」
思ったよりも低めの木が青々とした葉っぱを茂らせている。
「なんか思っていたのと違うかもー。こう、天井高い感じの棚になっていて、上からブドウがぶら下がっている感じを想像してたんだけど、小っちゃい木がいっぱいなんだ! わたしくらいの身長しかないかも!」
前世の知識にあるブドウ農園とはずいぶん様子が違うかもしれない? ブドウって一口に言っても品種が違うとかなのかなー?
「お嬢ちゃんが言っているのは『棚仕立て』のことだな。もしかして、ブドウ作りに詳しいのかい?」
ブドウの木の向こう側から、麦わら帽子をかぶったおじさんが顔を出す。
出で立ちからすると、ここの農園の人っぽい。
「こんにちはー。わたしたち旅行者で、ちょっと農園を見学したいなーって思って遊びに来ましたー!」
「それはそれは。ようこそ、『ラミスフィア』へ。何もないところだが、ゆっくり見ていってくんな」
わざわざ麦わら帽子をとって挨拶してくれる。
気の良いおじさんって感じー。
「さっきおじさんが言っていた、『棚仕立て』って、ブドウの枝がこう、天井を這うような感じで絡み合って、そこからでーんとブドウが垂れ下がってくる、みたいなやつですか?」
「そうだそうだ。それが『棚仕立て』という栽培方法だよ。お嬢ちゃん詳しいねぇ。けどな、『棚仕立て』はここいらではあまり見かけないな。ちょっと南のほうの地域ではやっているって聞いたことはあるんだがね」
「そうなんですねー。地域によって違いがあるんですね。ここの作法はなんて言うんですか?」
「こいつは『垣根仕立て』という栽培方法だ。収穫量をコントロールするのにはこの方法が一番だな」
おじさんは、整列したブドウの木に沿うように横に長く張られた2本のワイヤーを手ではじいて見せた。
「このワイヤーを使ってきれいに整えていくんだよ」
横に伸び始めている枝を引っ張って、並行に張られたワイヤーの中に収めていく。おじさんが通った後のブドウの木は、きれいにバンザイしたみたいに枝がまっすぐ上に向いていた。
「もしかして、1本1本手で作業してるんですかー。大変そう……」
「そんなに真剣に見つめられたらおじさん照れちゃうな。どうだい、せっかくだしお嬢ちゃんもやってみるかい?」
おじさんは、はめていた手袋をとって、わたしに手渡してくる。
「いいんですか? ちょっとやってみたいかも!」
あ、でも、みんなが退屈してるかも……。
と、後ろを振り返ってみる。ラダリィもナタヌも笑顔で、「どうぞどうぞ」と勧めてくれていた。じゃあちょっとお言葉に甘えて農園体験を♪
「えー、難しい! 枝がぜんぜん言うことを聞かない!」
思うように枝がワイヤーに絡んでいかない。すぐピンッて枝が跳ねて戻ってきちゃう。おじさんはあんなに簡単そうにやっていたのに!
「無理やりはダメだよ~。ちゃんと枝の声を聞いてやらにゃ。『あっちに伸びたいな~』というのを、『こっちに伸びてくれ、すまんな~』と、お願いしていかにゃ」
なるほど、枝の声ね。
なーんだ、そんな簡単なことなのね! 最初から声を聞けば良かったんだ!
ブドウの木さん、ブドウの木さん。
そうそう、初めましての人ですよー。アリシア=グリーンって言います。ちょっとね、『ガーランド』のほうから遊びに来たの。そっか、『ガーランド』はわかんないかー。ちょっと南のほう……ここよりもちょっとだけ暑い地域かなー。
うん、おじさんじゃないと嫌? えー、そんなこと言わないでよー。ちょっとお手伝いさせてもらってるの。違うよ、生った実を取ったりしないって。見た感じ、まだこれから花を付けるところでしょ? わたしはみんなにきれいに枝を伸ばしてほしいだけー。そのほうが受粉しやすいらしいよ? うん、そう。おじさんがやってくれてる前の子たちみたいに、そうそう、まっすぐ枝を上に伸ばしてー。わー、すごーい! 自分でできちゃうんだ! やり方を前の子に聞いたの? なるほどねー。じゃあ、次の子たちにもマネするように伝えてもらえる? そうそう、『前へならえ!』伝言ゲームスタート♪
「な、なんじゃ~こりゃ~! 勝手に枝が動いとるぞ⁉」
ブドウの木たちの伝言ゲームが始まる。
わたしのいたところを中心に、伝言ゲームが放射状に広がっていく。
横に好き放題伸びていた枝がバンザイするように縦に向きを変え、意思を持ってワイヤーに絡んでいく。ものの数分で、畑全体の木たちが美しく整列していった。
「うまいうまい! みんなえらいね! おじさんも喜んでるよー!」
ハッとした表情でおじさんがわたしのほうに振り返る。
「まさかこれはお嬢ちゃんが……?」
「さっきおじさんが言ったんじゃない。ブドウの木の声を聞いてお願いしなさいって」
言われた通りにしただけですよー♪
みんなおじさんのことが好きなんだって。毎日欠かさずお世話してくれるからだよね。今年もおっきくて濃厚で甘ーい実をつけたいって張り切ってるよ。
「こいつはたまげた……。本当にブドウの木の声が聞こえるのかい? お嬢ちゃんはいったい……」
「ただの旅行者ですよー。あ、仲間が待っているのでわたし、そろそろいきますね!」
おじさん、バイバイ!
農園体験させてくれてありがとう! 楽しかったでーす!
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