第59話 アリシア、酔っ払いたちに囲まれる

「ところでアリシア、さきほどのお米のお酒の話をもう少し聞かせてもらえませんか?」


 ラダリィから言われてハッとする。

 そうだった!

 日乃本酒の話から、ウナ重に脱線してしまっていましたね。ごめんごめん。


「そういえば日乃本酒の話をしていたのでした! そうそうお米のお酒ねー。お米を発酵させて作るんですけど、ワインとはちょっとだけ発酵の手順が違って若干複雑なの。でもまあそんな細かいことはいいかな」


 どこまで何を聞きたいんだろう?

 うーん、みんなの反応が薄い……。


「お米からできるお酒が想像できないわ。どんな味なのかしら。どんな香りなのかしら」


 メルティお姉様が頬に手を当てながら、ワインの入ったグラスを凝視していた。

 あ、そっか。知りたいのは作り方じゃないよね。飲みたい人たちなんだもん。


「すみません、気が利かなくって。ありますあります。お店とつながっているほうのアイテム収納ボックスから……見映え的に酒樽のやつがいいかな」


 専用の蔵(アイテム収納ボックス)から、出荷可能状態にして時間を止めておいた酒樽を1つ取り出してくる。

 

「あーそうだ。きっとこの酒樽の素材ってここ『ラミスフィア』の木を使っているんじゃないですかね⁉」


「これは杉ね。国内の杉材はほとんどうちのものだから、おそらくそうね」


 メルティお姉様がうれしそうに酒樽を撫でる。


「香りが高くて良い杉をいつもありがとうございます。日乃本酒に良い香りが移るので、重宝しています!」


「これがお米から造られた日乃本酒なのね……」


 ものすごく飲みたそう。

 いやそれはずっと黙っているラダリィとナタヌとラッシュさんも同じかな。お酒好きの人ってなんでみんな同じ反応するんだろうね。すっごい不思議ー。ほら、スレッドリーなんてわたしの話、一切聞いてないもん。全部1人で料理食べるのはやめてね? わたしもそのオリーブオイルたっぷりの料理食べたいんだから!


「こちらが当店の看板商品の1つ、『日乃本酒・龍神杉誉(りゅうじんすぎほまれ)』です。皆様、近くに寄ってください。樽を開けますから。開けた瞬間の香りを楽しめるのは1回だけですよ!」


 4人が席を立ち、わたしの近くに寄ってくる。

 どうぞお客様、もう少し近寄っていただいても……あ、ラダリィさん近すぎです。それだとお酒が板を割った時に飛び跳ねるかも。ナタヌ。わたしの背中に抱きつくのは違うよ。わざと胸を押しつけてきてる? もう♡ ラダリィにバレないようにね♡


「はい、いきまーす! 皆様のご健康とご発展、そしてパストルラン王国の明るい未来を願ってー、よいしょー、よいしょー、よいしょー!」


 木槌で3回。

 樽上部のフタを叩いて割る。


 フタが割れた瞬間、辺りにお酒の香りが広がっていく。

 んー、この香りは好きー。


「ああ……」


「果物のような香りですわ……」


「初めて味わう香りです……」


 みんな鼻をいっぱいに広げちゃってー、もう、はしたないんだから♡

 でもホントいいよね。とくに酒樽を開いた時の香りだけはホント良いー。


「さあさあ、匂いだけでいいんですか? こちらの『升(ます)』という木製のコップで飲んでいただきますよ。お注ぎしますから、升を手に持ってお並びください!」


 さあ、たくさんあるからたっぷり飲んでねー。

 生モノだからお早めにー。なんてね。もちろんアイテム収納ボックスにしまうから、いつまでも造り立てのおいしさをご提供できますけどね。


 お預けはここまで!

 あとは好きにやっちゃってください!


「飲んで飲んでー」


 わたしの号令とともに、4人が升に口をつける。


 メルティお姉様ったら、また鼻が広がってるー♡

 目も見開いちゃって、まあまあ♡


「どうですかー? お口に合いましたでしょうかー?」


 ラダリィさん、無言でおかわりを要求しないでください。

 注いであげますけど、飲みすぎて倒れないように、同量の水も飲んでくださいね?


「こんなの初めてですわ~♡」


 メルティお姉様がすっごくうれしそう!

 お気に召したようで良かったですよー。


「甘みがあって酸味があって、鼻に抜ける香りが……。ワインとはまったく違うお酒ですわ……」


「まあそうですねー。果実酒とは醸造の工程が違いますから、醸造酒だねーってくらいの共通点しかないかもしれませんね」


 日乃本酒のほうが管理は大変かもしれない?

 まあ、わたしはアイテム収納ボックスの中に全自動の機械を設置していて、時間を早めたり止めたりすることで管理しているから、最初の調整さえしてしまえば寝て待つだけだけどねー。


「ナタヌはどう? 日乃本酒おいしい?」


 升に小さな口をつけてチビチビと飲んでいる姿がかわいい。

 でも表情が変わらないからおいしく飲めているのか若干不安。


「杉誉は初めていただきました」


「ああそっか。ナタヌは普段お店で口にする機会があるもんね。でも酒樽はVIPのお客様くらいにしか提供しないし、接客に立たなければ、杉誉に触れる機会はなかなかないかもね」


 ナタヌは筆頭天使ちゃんって話だし、裏方の仕事を取り仕切っているだろうからね。まあ、たまには現場に出ると、また違った楽しみもあるかもねー。


「おい、ラッシュ! 急に泣き出したりしてどうした⁉」


 スレッドリーが驚きの声を上げている。

 見ればラッシュさんが升を片手に、テーブルに突っ伏している。


「私は殿下の将来が心配れす……。私がどうにかひて差しあれないと……」


 ま、まさか……日乃本酒1杯で酔っ払った⁉

 

「殿下ー! 殿下ー!」


 ラッシュさんが大声を上げて立ち上がる。


「おい、ラッシュ? 俺はここにいるが……大丈夫か……?」


 さすがのスレッドリーもドン引きしている様子……。

 ラッシュさんたら、完全に酔っぱらってるね。

 お米のお酒が体に合わないのか……逆に合いすぎているのかな?


「ラッシュさーん。大声はちょっと迷惑になりますからー。こちらのポーションをお飲みください」


 解毒ポーションと睡眠ポーションの混合ポーションだ!

 これを無理やり口につっこめば!


「ふぅ、これでヨシ、と」


「おい、アリシア! ラッシュが急に意識を失ったが……?」


「酔いが回って危ないから、お酒を抜いて眠ってもらっただけよ?」


「大丈夫、なのか? 死んでないか……?」


「大丈夫よ。ちゃんと息してるでしょ。ほら、体内のアルコールも分解されているから、顔もすっきりしてる」


 これさえあれば二日酔いなんてナイナイ♪


「いや、ラダリィさん……無言でおかわりを要求しないでって。おいしいならおいしいって感想くらいはください?」


「おいし~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


 うるせーーーーーーーーーーーーー!

 こっちも酔っ払いか! 揉むぞ!


「アリシア……は・や・く♡」


 ラダリィが耳元で囁くように……うわっ、酒臭い!

 完全に出来上がってらっしゃる……。


「1杯1揉みになりまーす」


「10杯くらさい!」


 胸を張ってわたしの前に突き出してくる。

 ……いいの? 


 って、こらこら、メルティお姉様もナタヌも真似して並ぶんじゃないの。

 冗談だからね……ね?


 まあ、でもせっかくなのでラダリィさんのだけは……。


 モミッ。


 モミモミッ♡

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