第51話 アリシア、ナタヌの話を聞く

「それでは次、ナタヌ様お願いいたします」


「……はい」


 ナタヌ、大丈夫?

 今のラダリィの発表を聞いて、ちょっと余裕がなくなった感じ? 無理しなくてもいいよ? 別に勝負の結果がどうだったとしても、わたしは気にしないからね?


「行きます! 私が思うアリシアさんの素敵なところは……やさしいところですっ!」


 声を張り上げるように堂々と。

 あの……ナタヌさん?


「ハハ。俺が言ったのと同じだな!」


 おい、解説! 空気読め! うれしそうにすんなっ!


「そうですかそうですか。ナタヌ様は殿下と同レベルの……」


 ラダリィさん? 今こっち見ないでもらえます?「アリシアに好意を寄せる人ってみんなこういう人たちなんですね」って顔で見るのやめてもらえます⁉ わたしもちょっと驚いているので、気持ちを整理する時間をもらいたいんですけど⁉


「わかりました。ではナタヌ様。一応その理由をお聞かせ願えますか?」


 代わりにラダリィが進行してくれる。助かりますけど、勝利を確信したかのような態度はどうかと思いますよ?


「ええ。アリシアさんは、ご自分には何のメリットもないのに、私の元いた孤児院の財政を立て直し、私に新しい人生をくださったのです。今思えば、あまりにひどい境遇に置かれていた私のことを見て、かわいそうだと思ってくださったのでしょうね。なんておやさしい方なのでしょうか……」


 わたしの素敵なところを発表してくれているはずなのに、ナタヌの表情がひどく沈んで見えた。

 でもそれだけつらい11年間だったんだよね。逃げ場はなく、子どもたちの中ではもっとも年長者で、『ハイヒール』や『キュア』のスキルを持ったせいもあって過度な期待をされて……。


「ナタヌ。たしかに結果はナタヌの言う通りだけど、わたしの考えはそうじゃなかったよ。ナタヌに声をかけたのは、ナタヌのことをかわいそうだと思ったからじゃないんだよ」


 ずっとそんなふうに思っていたのね。一緒にいて、ちゃんと伝えられていたら良かったんだけど、それができなくてごめんね。


「わたしはね、かわいそうだからあなたを救い出したんじゃないの。そうだなー。どちらかというと……絶望と怒りかな」


「絶望と怒り、ですか?」


 うーん、もしかしたらちょっと違うかもしれないけど……うまいこと表現できる言葉がないから、まあいいや。


「あのね、人生の中で選べるはずの選択肢が、ナタヌ自身の努力でどうにもならない、お金の問題で閉じられているのを見過ごすのが嫌だったのよ」


「私の努力でどうにもならない……」


「実際そうだったよね? 孤児院の経営状態はナタヌにはどうしようもできないことだった。でも、たぶんオーナーさんにももうどうしようもない状態だったと思う。誰が悪いわけでもないのにどうしようもなかった」


 オーナーさんが搾取していたわけでもないし、経営が下手でお金を無駄遣いしているわけでもなかった。先細ってじり貧。もうどうしようもなかったんだと思う。


「でもそれのせいでね、才能あるナタヌが、一生孤児院の手伝いをしながら生きていかないといけないのを『仕方のないこと』で片づけるのはおかしいと思ったんだ。わたしにはそれが許せなかった」


「私にはほかに選択肢がなくて。あの時は自分に人生の選択肢があることなんて知らなかったです……」


「そう、だからわたしは、気づいてほしかった。わたしがほんのちょっと手を差し伸べるだけで、ナタヌにはナタヌ自身で自分の人生を選ぶ権利があるってことをね」


 なんてかっこいいことを言いましたけどー。


「でもあれはナタヌのためと言いつつ、自分のためだったのよ」


 自嘲気味に笑う。


「アリシアさん自身のため?」


「そうよ。ただ見ていられなかった。見過ごせなかった。自分にできることがあったからやっただけ。わたしは自分の気持ちに素直に従っただけなの。もちろんナタヌが孤児院を出た後も、ちゃんとケアはするつもりだったけどね!」


 だからまあ、わたしのエゴってやつよ。

 変に恩着せがましくするつもりはないし、あまり気にしないでほしいかなーって。


「アリシアさん……。私に人生の選択肢をくれた人。私の弟や妹たちを、孤児院を守ってくれた人。私のこの先の人生すべてを捧げて感謝をしてもしきれない……」


「だからそれは大げさだって。あれからナタヌが楽しく生活できているんだなーってわかって、今わたしはとっても満足してるよ」


「アリシアさんっ!」


 感極まった様子のナタヌが駆け寄ってくる。


「好きです! 大好きです!」


 ぎゅっ♡


「ナタヌ!」


 ヤッバ! わたしもちょっと感動しちゃった……。



「え~、大変盛り上がっているところ恐縮ですが、そろそろ1回戦のジャッジをお願いできますでしょうか」


 あ、はい。

 ラダリィさんがちょっと怒ってらっしゃる……? スレッドリーはうらやましそうにこっち見んな。足もちょんちょん触んな!


「そ、そうですね……」


 どうしたものかな……。


「『真面目さ』か『やさしさ』か。どちらかの発表に勝利を」


 えーと。

 いや、どっちも方向性違うしなー。

 どっちもすごくうれしくて……。


 困った。



「ひ、引き分けで……」

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