第48話 アリシア、恐怖……そして♡

 スレッドリーを睨みつけて微動だにしないローブ姿の女性に、恐る恐る呼び掛けてみる。


「あのーそこの人ー。今ね、ミィちゃんからちょっとだけ話は聞いたんですけどー……自己紹介とかしてもらってもいい、ですか?」


 はい、無視ー。

 ホントにわたしのことが大好きでここまで来たんですかね?

 ミィちゃんのことは信用しているけど、愛について語るミィちゃんは……ちょっとアレだもんねー。


「おーい、おーい。わたし、アリシア=グリーン。あなたのお名前は?」


 気さくな感じに自己紹介♪


 はい、またまたスルー。

 マジなんだよー。


 もういいわ!

 こっちで勝手に調べるから!


『構造把握』使っちゃうもんね!

 えーと……。


 名前:ナタヌ。人族。16歳。


 えっ、ウソでしょ⁉ マジで?

 見間違いかな?


 もう一度『構造把握』……名前:ナタヌ。人族。16歳。


「え、あなた……ナタヌなの⁉」


 慌てて防護フィールドを解除。ナタヌ(?)のもとに駆け寄る。


「ホントにナタヌ⁉ ねぇ、元気してた⁉」


 ナタヌ(?)の杖を持っていないほうの手を取る。

 とっても冷たい手。そして相変わらず黙ったまま。


「ナタヌなんでしょ? ねぇ、顔を見せて」


 目深に被ったマジシャンハットに手をかける。

 と、初めてそこで反応があった。


「私に会いに来てくれなかった……」


「え?」


 帽子をずらそうとした手を思わず止めてしまう。


「この間『龍神の館』に顔を出されたって聞きました……。それなのに私には会いに来て……くれなかった……」


 涙交じりの声。

 

「あ、ごめん……。タイミングが……。でもすごくがんばってるって話は聞いてるよ。筆頭天使ちゃんになったんだってね。すごいよ!」


「私も会いたかったのに……」


「ごめんて……。わたしが育てるなんて言っておきながら、いきなり5年も留守にしちゃって、ホントにごめんなさい……」


 ほとんど女性もいない環境で心細かったでしょう。

 それでもすっごくがんばってくれたって聞いているよ。


「ホントにごめんなさい」


 言い訳なんてない。

 ただ、頭を下げるしかできなかった。


「すごく会いたかったのに……。私は……いつかアリシアさんが帰ってきてくれると思って……それまでアリシアさんの代わりを務めようと思って……」


「うん、うん……」


「知らない男の人たちにいっぱい囲まれて……怖かったけど、でもソフィーさんは良くしてくれるし……いつかアリシアさんが帰ってきた時に胸を張って会えるようにって……」


「ごめん」


 思わずナタヌを抱きしめてしまった。

 カランッと乾いた音を立てて、ナタヌの持っていた大きな杖が床に転がる。


「ありがとう。わたしもずっと会いたかった……」


 あの時のわたしは、ナタヌの人生を丸ごと背負い込むつもりであんなことを――「一緒に新しい道を一緒に歩もう」って言ったんだ。

 あの時の言葉はウソじゃないよ。

 でも、異空間に落っこちちゃって、それは叶わなかった……。


「わたしのせいで、心細い思いをさせてごめんね……」


「……アリシアさんも大変だったって……わざとじゃないって聞きました……」


 背中に手を回し、さらに強く抱きしめる。


「そんなのはわたしの事情でナタヌには関係ないよ。わたしはわたしの人生で苦労しているだけで、それはナタヌの人生じゃない。だから、わたしのせいで苦労させてごめんね……」


「あの時アリシアさんにきっかけをもらえたから……。私はこうして違う人生を送れているから……。全部アリシアさんのおかげで……」


「でもわたし、デカい口を叩いただけで、孤児院の寄付のお金だってマーちゃんが出してくれちゃったし、5年間面倒を見てくれたのもソフィーさんだし。感謝されるようなこと、何もできていないよ……」


 むしろ恥ずかしい。

 どんな顔でナタヌと向き合えばいいの……。


「私、アリシアさんにホントに感謝しているんです」


「うん……」


「アリシアさんみたいになりたくて、アリシアさんみたいに頭の良い女性にになりたくて、お店の経営のこともいっぱい勉強して。アリシアさんみたいに強い冒険者にもなりたくて、いっぱい修行して……」


「うんうん……」


「アリシアさんみたいにお金に執着した意地汚い人間になりたくて、セイヤーさんやエデンさんからいっぱい給料だまし取ったりして」


「ちょっとちょっとナタヌ⁉」


 それは違くない⁉

 それは完全に悪口だから!


「アリシアさんみたいにハーレムを作りたくて、天使ちゃんたちを手懐けたり」


「ちょちょちょちょちょちょ⁉」


 ナタヌさん⁉

 まさかあなた天使ちゃんたちとそういう関係に⁉


『構造把握』……ああっ、まだ無事ね……。ああーこわっ! そういう色恋みたいなのはやめてよー。なんて怖い子なの! 年上だけどさ!


「わたしのハーレムは……将来的な夢って言うかさ……みんな楽しく暮らせたらーみたいな? こう、なんていうか精神的なつながりを大切にすることが第一っていうか?」


 酒池肉林はマダハヤイヨ?


「私、アリシアさんのハーレムに入りたいです!」


「えっ……」


「私、アリシアさんのこと、真剣に愛してますから!」


 マジシャンハットをさっと外し、初めて素顔を晒した。


 え、超かわいい……ガリガリだったあの時とは違って、健康的に成長してる! えっ、待って、好き♡


「ナタヌ……結婚しよう!」


「はい♡」


 やったー! 両思いだー♡


「おいっ! ちょっと待った~~~~~~~~~~~~~!」


 ……ドリーちゃん、まだいたの?

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