第46話 アリシア、爆発に巻き込まれる

「俺と一緒にいるのが嫌になるその時まで、どうか一緒にいてほしい」


 スレッドリーがわたしのことを見つめてくる。

 ただまっすぐに。

 言葉の通り。


 彼は表も裏もなく、純粋にただそれだけを望んでいるのだ。

 

 わたしはこの人のまっすぐな想いに、答えてあげられる時が来るのかな……。



「わたし――」


 何か言わなきゃ……。

 接着剤で固めたように、すっかり乾いてくっついてしまった唇をようやく剥がし、口を開いた、その瞬間だった。


「魔力探知成功です! み~~~つ~~~け~~~ました~~~~~~~~!」


 部屋の外――少し遠くのほうから、女性の怒鳴り声のようで叫び声のような……悲鳴が裏返ったような声がだんだんと迫ってくる。思わず外の様子に意識が持って行かれて話が中断してしまう。


「え、何だろ? 外が騒がしいね……。何かトラブルかな?」


「ぜぇぇぇったいに~~~~~~逃がしませんよ~~~~~~~~!」


 すごく怒っているっぽい声だし……痴情のもつれ? 痴話ゲンカかな?

 

「なんだか大変そうだな……。俺たちは一生ケンカもせずに仲良く暮らそう」


「いや、だから! まだそういう話は――」


「ちょ、誰ですか⁉ 今良いところなのでご遠慮願い――あっ!」


 ん? 今ラダリィの声がしなかった? まさかね。


「問答無用!『セイクリッド・フォ~~~~~ス』」


 おっと? プリースト系の攻撃スキルだ。壁を挟んだすぐ外で、爆発的な魔力の増幅を感知する。


 やばっ、こっちに指向されてる⁉


「スレッドリー!」


 わたしはイスを倒すようにして立ち上がり、肩にかけたアイテム収納ボックスから防護フィールドの魔道具を取り出し、極小の範囲で緊急展開。この間0.5秒。


「後ろに!」


 叫びながらスレッドリーのほうに視線を送った瞬間――正面の土壁が吹き飛び、粉塵となって襲い掛かってくる。さらに遅れてやってきた衝撃波が、わたしたちの後ろの壁を消し飛ばしながら、あっという間に駆け抜けていった。


 わたしの展開した極小の防護フィールドの中――テーブル1つ分の大きさの範囲だけが丸く切り取られたかのように無事だった。


「スレッドリー無事⁉」


 いない! まさか死んだ⁉


「お、おう……」


 遅れて弱々しい返事が聞こえてくる。

 見れば、テーブルに下に隠れるようにしてしゃがみ込んでいるスレッドリーがいた。

 ああ、良かった。死んでなかったわ……。


「ああああっ、部屋が! 殿下! アリシア! 無事ですか⁉」


 半泣きのラダリィが部屋……だったところに飛び込んでくる。


「殿下!」


 と、後ろからラッシュさんも。


「2人とも……やっぱり覗いてたのね。まあ、わたしたちはこの通りなんとかね……。部屋はこんなありさまだけど……」


 テーブルの上に食べかけの食事が残っているだけ。

 立派なヤシの木も、ステキな間接照明も……いや、部屋ごと吹き飛んで外の景色が丸見え状態になっていた。


「ご無事で何よりです……」


 膝から崩れようにして顔を覆うラダリィ。


「無事は無事だったけどさー。ラダリィ……いつから覗いてたの? ぜんぜん気づかなかったわ。やっぱり魔力探知、鍛えないとダメね……」


 って、そんなことよりも!


「こんなことをするのは誰⁉ まさか王族を狙った刺客⁉」


 壁の消え去った廊下に佇む人物をにらみつける。

 真っ白なローブ。目深にかぶった帽子。さっきの声からして女性なんだろうけど、どんな人物なのかは帽子のせいでわからない。


「やっと……見つけました!」


 女性……女の子……もしかしてすごく若い?


「そちらの王子を早く引き渡してください」


 なーんか立ち振る舞いが、刺客っぽくないなー。あ、これって……スレッドリーの元カノってやつかな? なるほど、痴情のもつれってやつね?

 

「ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


「違うっ! 俺はこんなヤツ知らないっ!」


「で~も~『王子を出せ』って言ってるよー? ねぇ、王子様? この女の人とどんなご関係ですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」


「本当に知らない! 誰だ、お前は⁉」


 うーん? どうやらこのスレッドリーの感じからして、ホントに見当がついてなさそうね。とすると、どこかで知らない間に恨みを買ったか、もしかしたら人違いか。……でも人違いってことはないか。王子って言ってるし。この国でスレッドリーのことを知らない人なんて……かつてのわたしくらいなものかな。ハーッハッハッハ。


「あなたが第2王子のスレッドリー殿下ですね⁉ 私のアリシアさんに汚い手で触ろうとするゴミ虫のような男! 今すぐに浄化してあげます。おとなしく首を差し出しなさい!」


 What?


「アリシアさん。女神・ミィシェリア様の名のもとに私があなたをお救いします!」


「おい、アリシア……。お前の名前を呼んでいるぞ? 関係者じゃないのか……?」


 スレッドリーが立ち上がりながら、さっきの意趣返しとばかりに疑いの目を向けてくる。


「いやいや、わたしじゃないって! 知らないよ、こんな子!」


 ちょっと、今度はわたしが濡れ衣を着せられそうになってる!

 ねぇ、ミィちゃん⁉ ミィちゃんの名前も出しているけど、これはいったいどういうこと⁉


『すみません……。少しはっぱをかけ過ぎました……』


 ミィちゃん……。

 これはミィちゃんの差し金なのね? ちゃんと説明して?


『私はアリシアが動き出すきっかけを与えようと思いまして……』


 あー、お昼過ぎに言っていたやつね?

 それがどうしてこんなことに? あの女性は誰?


『アリシアが決断するためのきっかけとして、ライバルを送り込もうと思ったのです』


 ライバル?

 あの人とスレッドリーを取り合えって? いや、誰なの?


『違います。スレッドリー殿下と彼女でアリシアを取り合ってもらおうかと……』


 えっと……どういうこと?

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