第45話 アリシア、プロポーズされる

「お料理をお持ちいたしました」


 従業員のお姉さんがテーブルに料理を並べてくれる。

 

「えー、すごい! 見たことないものばっかり! これはなんていう料理ですか?」


 南国料理っぽい見た目。そして甘酸っぱい香りが漂ってくる。

 これはもしかして、生春巻きってやつなのかな? でもライスペーパーなんてあるわけないよね。


「こちらが『季節野菜の芋薄皮包み』でございます」


 芋?『構造把握』……あ、キャッサバ芋だ。タピオカ粉あるんだ! じゃあホントにライスペーパーだ! すごーい。あとで市場に行ってタピオカ粉仕入れていこう!


「こちらが『モチモチ麺の辛みスープ』でございます」


 これは……半透明な麺料理だけど。『構造把握』……こんにゃく麺⁉ えー、こんにゃく芋も取れるんだ! この辺だと王都にはないものがけっこうあるんだわ!


「こちらが『豚ミンチ肉のパイ包み焼き』でございます」


 大きな餃子みたい。でもタレにココナッツミルクが入っていて、ちょっと甘めって感じ? あ、ターメリック! 意外と香辛料もたくさん使われているのね。市場にあるかな。


「こちらがデザートの『ヤシの実スープ』でございます」


 ココナッツミルクの中に季節のフルーツがふんだんに入っているデザートね。あ、ここにもタピオカだ。デザートにもちゃんと入ってた。えー、これそのまま『龍神の館』で出しても人気出そう。レシピパクる? パクッちゃう?


「説明ありがとうございます! どれもおいしそう!」


 従業員のお姉さんにチップとして銀貨2枚を渡す。

 見たこともない料理をありがとうございます! レシピは大事に持って帰りますね♪


「ごゆっくりどうぞ」


 従業員のお姉さんは一瞬微笑むと、頭を下げてから料理のカートを押して部屋を出て行った。



「おいしそう! 冷めないうちにいただこうよ!」


「おう。ずいぶんうれしそうだな」


 スレッドリーがスプーンを手に取る。


「だって、食べたことない料理ばっかりだもの。やっぱり土地が変わると料理もガラッと変わるね。わたし、いろいろなところを旅してみたいかも」


 前世の料理の記憶は偏っている。

 日本は多国籍料理を食べられる国だったみたいだけど、わたしの記憶の中にあるのは、ジャンクフードとデザートが中心だ。このお店で出されたようなものは、おそらく東南アジアと呼ばれる地域の料理に近いんだろうなという想像はつくけれど、味はぜんぜん想像がつかないからねー。


「やっぱり料理だけは自分の舌で味わって初めてわかるものだよねー」


「アリシアは、料理人になりたいのか?」


 スレッドリーがモチモチ麺のスープを口に運ぶ。

 小さな声で「辛っ」とつぶやいたので、わたしの前に置いてあったココナッツジュースをコップに注いで渡してあげる。


「どうだろう。料理人を目指しているってわけじゃないかなー。料理は好きだけどね。ママに家事全般は仕込まれたから。料理はその1つってだけで、極めるとかはわからないなー」


「すでに宮廷料理人を遥かに凌ぐ腕前なのに料理人になるつもりはないのか。そうか……」


「そうやって持ち上げてくれるのはうれしいけどねー」


 まあ、前世の知識と『構造把握』スキルと『創作』スキルをバリバリに使ってますからねー。チートですよ、チート。ハハハ。さすがにそれで「料理人です」とは胸を張って言いにくいのよね……。それは工房での手芸も同じだけど。


「あー、これおいしい! タピオカ粉かー。絶対仕入れて帰りたいわ!」


 生春巻きはお店で出したいなー。

 それにタピオカドリンクも! ジュース類の次の主役はキミに決めた!


「うれしそうだな。また俺にも料理を食べさせてくれ」


「そうねー。新作の毒見役をお願いしようかなー。なんてね」


「ああ。アリシアの作るものなら何でも食べたい」


 スレッドリーがフォークを置き、わたしの顔を見つめてくる。


「新作は手で作るからおいしくない場合も多いよ? 成功率は体感6割くらいかなー。自分でずっと食べて調整していると、だんだんよくわからなくなってくるのよね。毒見役がいるとうれしいはうれしい」


 たまにセイヤーに食べさせているけど、調子を崩してステージに立てなかったら困るなーって、わりと試行錯誤後半の味調整の時しか食べさせてなかったからね。大失敗料理はいつもわたし1人で消化していたのだ……。スレッドリーなら多少倒れても平気……よね?


「ああ。俺はずっとそばにいてアリシアの料理を食べたいぞ」


 それだと意味が違ってきちゃうんですけど……。もうっ! なんですぐにそっちの方向に持って行こうとするの?


「なあ、アリシア。大使の仕事が終わったら、一緒に旅をしようか」


「えっとそれは……」


「国中の街や村を回って、見たこともない料理をいろいろ食べよう」


「うーん」


「嫌か?」


「そうじゃないけど……。スレッドリーには王族の仕事とかあるでしょ。勝手に旅なんて怒られちゃうよ……」


 苦し紛れの論点ずらし。

 そんなことを聞きたいんじゃないのはわかっている……けど……。


「怒られたらそれまでさ」


 スレッドリーが笑い飛ばす。


「それまでって……。大事な仕事だよ。王族の仕事は普通の人にはできない大事な大事な仕事でしょ」


「そんなことはないぞ。続けられないと思ったら、王位継承権を放棄すればいいだけだ」


「だけって! そんな簡単なものじゃないでしょ……」


 いったい何を言っているの。

 子どもの駄々じゃないんだから、王族の仕事を放棄して旅をするなんて現実問題できるわけがないのよ。


「いいや、簡単なことだよ。俺の中での優先順位ははっきりしている。王族であることがアリシアと一緒にいることを妨げるなら、そんなものはいらない」


 ……本気なの?


「最初に出逢った時も、ただのスレッドリーとアリシアだったじゃないか。俺はあの時、恋すら知らないガキだったあの時から、ずっとアリシアに心を奪われたままなんだ」


 そんなこと言われても……。


「だから、結婚してくれとか、付き合ってくれとか、そういうことを言いたいんじゃないだ」


「……じゃあ何よ?」


「俺と一緒にいてほしい」


 そっか……。スレッドリーはわたしよりずっと大人なんだ。


「俺と一緒にいるのが嫌になるその時まで、一緒にいてほしい」


 このまっすぐな想いに、なんて答えればいいのか……わたしにはまだわからない。

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