第44話 アリシア、接触事故に見舞われる

 扉の外にはすでに浴衣に着替えたスレッドリーが待っていた。


「おう、着替え終わったか?」


 わたしが出てきたのに気づき、微笑みかけてくる。

 群青色の浴衣姿……かっこいいじゃんかよ……くそぅ。


「い、色違いね」


 苦し紛れに言葉を絞り出す。

 アリシア、あなた何をドキドキしてるの。ただのスレッドリーよ? ちょっとはだけて見えている胸板なんて珍しくもないでしょ。ソフィーさんやエリオットのほうが何倍も分厚いセクシーな胸板だし? 意識するな意識するな……。


「その髪型かわいいな」


 ひっ。

 やだもう、こっち見ないで……。

 そんな純粋な目で褒めないでしょ……。せめてエロい目で見てくるならパンチできるのに!


 顔熱っ! ちょっとこの建物の中暑いよ! もう、ここの空調どうなってるの⁉ 勝手にクーラー創るぞ⁉ おおんっ⁉


「さあ行こうか」


 差し出された手を思わず掴んでしまう。

 わたしたち、なんでずっと手を繋いでるんだっけ。

 もうわかんない……。


「少し暗いから足元に気をつけろよ。もう少し先に行けば案内がいるはずだ」


 スレッドリーの言葉通り、角を曲がったところに先ほどの従業員のお姉さんが待っていた。


「殿下。お部屋はこちらでございます」


 従業員のお姉さんの案内に従って、後ろを歩いていく。

 ずっと薄暗くて細い廊下。

 でも、等間隔にドアがある。全部閉まっているけれど、たぶんこれ、1つ1つが個室になっているんだわ。


「こちらのお部屋でございます」


 扉を開けてくれて、わたしたちに中に入るように促してくる。


「ありがとう」


「あ、ありがとうございます!」


 スレッドリーに倣ってお礼を言ってから個室に入る。


「うわー、きれい!」


 部屋の景色によって、前世の記憶が呼び覚まされていく。

 そこはまるで、南の島のようだった。

 ヤシの木が植わっていたり、テーブルやイスもきっとこれ、ヤシの木の素材で作られているんだ。柔らかなウッドチップの上に撒かれた、たくさんのガラス玉が間接照明に照らされてキラキラと光っている。


「お履物をお脱ぎになり、テーブルの下の足湯をご利用ください」


「足湯?」


 この部屋、足湯があるの?

 屈んでテーブルの下を覗き込む。


 ホントだ! すごい! 石造りの浅い湯舟がある!


「ここは足湯レストランなんだ。姉上のおすすめだ」


「へぇ。そうだったんだ! 足湯しながらご飯が食べられるってこと? ステキねー」


「タオルはこちらに置いておきます。足ふき用が黒で、その他、顔などをお拭きいただく用が白いタオルでございます」


 4人掛けのテーブルにイスが2脚ずつ。

 わざわざ対角線のイスの背に、それぞれ2本セットでタオルをかけてくれる。


「ありがとうございます」


「それではこれからお料理を運んでまいります。ごゆっくりおくつろぎください」


 従業員のお姉さんは頭を下げ、扉を閉めていってしまった。


「さっそく足湯入ってみてもいい?」


「おう」


 スリッパを脱いで、イスに座る。右足をそっとお湯の中に差し入れてみた。

 あ、熱くない。わりと温めだね。あーでも、なんか粘度があるお湯なんだ。お城で入った温泉とは泉質が違いそう。へぇー、じんわり温かくなってきて良い感じー。


「気に入ったか?」


「うん。気持ちいいよ。スレッドリーも入りなよ」


「おう」


 スレッドリーがわたしの正面のイスに腰かける。

 スレッドリーが座ったのは、タオルがかかっているイスだった。


 あ、そこは。


 スレッドリーが湯船に足を突っ込んでくる。


「きゃっ」


「おわっ、すまん!」


 わたしの足の上にスレッドリーの足が重なる接触事故……。スレッドリーが慌てて足を引っ込める。

 ルールを無視して正面に座るから……。互い違いに座りなさいよって意味で、ちゃんとタオルを対角線のイスに置いてくれていたのにさー。


「エッチ」


 わざとでしょ。

 わたしの足に触ろうとして!


「違う! 正面に座ったら、アリシアの顔がよく見えるなと……。すまない……」


 そんなにシュンとされても……。

 別に足くらい気にしてないってば。


「別にいいけど」


「そうか? 怒っていないなら良かった!」


「ちょっ! だからってそのまま正面に座るな! 足あたってるから!」


 がっつり足を触ろうとしてくるんじゃない!

 なんなの⁉


「許してくれたのかと……」


「許したけど、それは事故は許すって意味! そのあともわざと足をくっつけて良いって意味じゃない!」


「そうか……ダメか……」


 上目遣いにこちらを見てきた後、そっと隣のイスに移動していった。

 なんなのさ……。ダメに決まってるでしょ!


「失礼いたします。お料理をお持ちいたしました」


 従業員のお姉さんが料理のカートを押して入ってきた。

 わたしは見たこともない料理の数々に目を奪われ、エッチなスレッドリーのことはどうでもよくなってしまったのでしたとさ。

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