第39話 アリシア、スレッドリーの髪を乾かす
「アリシア、ドリーちゃんと一緒にいても嫌ではないかを確かめないといけませんわ」
「そうですね! 実践あるのみです!」
メルティお姉様にラダリィが同調する。
「さあ、もう髪は乾いたでしょう。早速ドリーちゃんのところに行きましょう」
メルティお姉様が勢いよくイスから立ち上がり、わたしの手を取る。
「え、あ、はい?」
実践って何? あ、もしかして実戦ですか? 一緒にボコります?
はい……違いますよね。またドリーちゃんとデートさせられるのかな……。
「私に秘策がありますのよ♡」
メルティお姉様がわたしの腰に手を回しながら、自信たっぷりな様子で口角を上げる。
う……はい、としか言えない雰囲気……。隷属の腕輪とかネックレスとかはなしですよ?
* * *
「ドリーちゃん!」
「あ、姉上⁉ 俺、今水浴びの最中なんですが⁉」
外の井戸、といっても、もちろんお城の敷地内のお話。庭園の隅っこの井戸から水を汲み上げて、水浴びをしているスレッドリーがいた。
ちなみに服を着たまま水を汲んでいるのはラッシュさんで、裸で水浴びをしているのがスレッドリーだ。
「ご婦人の前で裸になるとは何事です?」
メルティお姉様がスレッドリーを叱責する。
えっと……メルティお姉様が水浴びしろって指示をしましたよね……。
「すみません……。すぐに服を着ますので、少々お時間を頂戴したく……」
ラッシュさんがわたしの目から隠すように、慌ててスレッドリーの頭に布をかける。
まあ、別に男の裸くらいどうってことないですよ? チームドラゴンはいつも半裸でしたし、前世の記憶を探れば、男の全裸だって……ほわほわほわーん。んー? このモザイクってやつは何? 肝心なところが……?
「アリシアからステキな魔道具をいただきましたのよ。ドリーちゃんもこれで髪を乾かしてみなさいな」
と、羽根のないヘアドライヤーをスレッドリーに手渡す。
「ありがとうございます。これは……温かい風が出る魔道具か。おい、急に冷たくなったぞ……。また温かい……」
「手元のスイッチを握ると冷たい風に変化するの。温かい風だけで髪を乾かすと、水分が飛びすぎてパサパサになっちゃうから。適度に冷風をかけて水分を飛ばさないようにするのよ」
「そうなのか。どうやればいいんだ……。ラッシュ、頼む」
「かしこまりました」
スレッドリーが井戸の水汲み用の小さな階段に腰かける。
羽根のないヘアドライヤーを手渡されたラッシュさんが、スレッドリーの髪を乾かしていく。
「あちっ! ラッシュ熱いぞ!」
「申し訳ございません」
それは髪の毛にドライヤーを近づけすぎですよ。そんなんじゃ頭に火がつきますよ。
「ラッシュ。それだと遠すぎないか? 風がほとんど来ないんだが?」
「申し訳ございません。勝手がわからず……」
ラッシュさんも初めての魔道具に苦労している様子。
んー、見ていられないわね……。
「もう貸してください。わたしがやりますよ……」
ラッシュさんから強引にドライヤーを奪い取り、スレッドリーの髪に当てていく。
「おい。……いいのか?」
「気が散るから黙って。おとなしく前向いてて」
「おう……」
立ち上がりかけたスレッドリーが、再び階段に腰かける。
「髪、ふわふわね」
「そうか?」
ドライヤーの風でなびく髪に手櫛を入れて、しっかりと根元を乾かしていく。
「メルティお姉様と一緒。細くてキラキラしていて、とっても柔らかい髪質ね。ちゃんと手入れしたらもっとかっこよくなれるよ」
「そうか……」
全体的に毛先がちょっと痛んじゃってるね。
特製のトリートメントもつけておいてあげようかな。
アイテム収納ボックスから、わたしがいつも使っているトリートメント材を取り出し、毛先にスプレーしていく。
「なんだ? 良い匂いがする」
「ほら、動かないで」
洗い流さないタイプだから、髪にしっかりと揉み込まないと。
「どこかで嗅いだことのある匂いだな……」
「そう? 普段わたしがつけているから、それかもね」
「アリシアとおそろいか。いいな」
こちらを振り返り、スレッドリーが無邪気に微笑んだ。
「ちょっと! そういう恥ずかしいこと言わないで! これしかないから仕方なくだから! 別に同じ匂いにしてあげようなんて思ったわけじゃないんだからねっ!」
「お、おう……」
スレッドリーは油が切れた機械みたいにぎこちない動作で前に向き直る。
もう、何なの?
いつもすぐ不意打ちをしてくる……。
ドキッとなんてしてないんだから……。ホントよ?
「ああっ、もうなんですか! 3人ともその顔は! 違いますってば! 髪が痛んでいるからトリートメントしようと思っただけで!」
ダメだ……。
3人が「あらあら♡」「やっぱり♡」「なかなかですね」と、緩んだ顔でひそひそ話をしているのが聞こえてくる。
あー、もうやだ!
こんなことならスレッドリーの髪なんて乾かさなければ良かった!
「もうやり方わかったでしょ! あとは自分でやって!」
「え、あ、おう……」
強引にドライヤーをスレッドリーに押しつけてから、わたしはその場を逃げるように立ち去った。
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