第37話 アリシア、恋について教えを乞う

「えーと、ラダリィさん? そのお姉様方の結婚相手を見つける担当の大臣さんの名前を聞いても?」


「大臣のお名前ですか? アノ様とおっしゃいます」


 アノね。

 偽名ヘタクソかぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 そんなんで騙されるかー!


「アノ様……ひょっとしてだけど、赤髪で能面のように無表情なイケメンの人?」


「アリシア、よくご存じですね。アノ様は2年前にお嬢様方のご結婚が無事に済んだ後、すぐに大臣職を解任されて、その後王宮にいらしたことはありませんが」


「うん、まあ、なんていうか……うわさ?」


 あー、間違いなくあの人だわ。


 赤髪で能面のように無表情なイケメン。

 錬金術師・ノーアさん。

 パストルラン王国初代国王カイランド=パストルランとともに王国建国に携わった伝説の英雄の1人。 

 錬金術師を極め、『賢者の石』を探求し、そこへと辿り着いた者。真の錬金術師にして『賢者の石』の所有者――不老不死にしてあらゆる願いを叶えると言われる『賢者の石』そのもの。


「あの人が関わっていたなら、まあ、そうね……納得の結果かな。間違いなくメルティお姉様もしあわせですね。安心しました」


 ノーアさんなら未来が視えていてもおかしくはない、か。そもそも時間の流れなんて、あの人にとってみたら何の意味もなさないものなのかもしれないし。まだ『賢者の石』のことはよくわかってないけど。


「ええ、とても。ほかの姉妹も全員しあわせに暮らしていますわ。これもあの大臣のおかげなのかもしれませんね」


 あの大臣なのか、アノ大臣なのか……どっちでもいいか!


「結婚してからお互いのことを知っていったんですよね? メルティお姉様は、ラミスフィア侯爵閣下のどんなところを好きになられたんですか?」


 いくら相性がいい、未来が約束されているとは言っても、現実うまく行くかは結局のところ当人同士の問題なわけで。どうやって愛を育まれたのかはとても興味があるところ!


「そう、ね……。最初に思ったのは『私の言うことを聞かない人』……でしたわね」


 メルティお姉様は、眉間にしわを寄せて険しい表情でそれを語る。それからしわを指で広げるように伸ばしていく。


「えーと? 言うことを聞かない人……というのが好きなところ、ですか?」


 ちょっと意味が分からないです。


「ええ、そうよ。初めて閣下にお会いした時のことはよく覚えているわ。1つ1つの行動がとてもがさつで、おまけに声も大きかったのよ。男の人というものがとても怖くなってしまって……」


 それって嫌いなところ、ですよね?


「王宮で働く男の方はそんなことありませんでしたし、弟たちもかわいいものでしたから、私面食らってしまって……」


「お嬢様、とてもよくわかります。自分ではどうにもできない初めての相手。それこそが恋なのですよね」


 え? ラダリィさん何言っているんですか?


「そうなの。『ああ、この方は私の思い通りにはならないんだわ』と思ったの。今思い返せば、その瞬間から、恋に落ちていたのだと思うのよね……」


 いや……ぜんぜんわかりません!

 なんで2人はわかり合った感じで頷き合っているんですか⁉

 どういうこと? 思い通りにならない相手なんて好きになるわけなくないですか⁉ 1から10まで言うことを聞く相手のほうが良くないですか⁉


「お互いに思い通りにならないからこそお互いのことを想い合えるのですよね。わかります~」


「ラダリィ。やはりあなたとは気が合うと思っていましたのよ」


 手を取り合って喜ぶ2人。

 そして理解ができずに置いていかれるわたし。


「アリシアはどうも納得いっていない様子ですね。アリシアはまだ真の恋をしたことがないようですから」


「あら♡」


 もうわたしのことは放っておいてくださいよ!

 はいはいそうですよー。真も偽も恋とかしたことないですー。今の話は経験者の2人にしかわからない世界なんですよね?


 ソフィーさんは好きになったほうが負け。相手から好かれて主導権を握れと言っていた。でも、メルティお姉様とラダリィが言っているのは真逆のことだよね?


「うーん、思い通りにならないから好き?」


「ええ、その通りよ。考え方が違う2人がそこにいて、お互いの主張をぶつけ合うの。時には同じものが好きで意気投合し、時には違うものが好きで激論を交わし。相手のことをずっと真剣に考えているうちに、いつしか自分とは違うその人のことを尊敬し、愛するようになっている。これが恋なのだと私は思っていますよ」


 なる、ほど……。

 わかるようでわからない……。


 尊敬が愛に変わる?


「アリシアはたぶんですけど、人を自分の上か下かで分けていませんか?」


 ラダリィが指摘する。


「うーん。そうなのかな……。意識したことはないけど」


「人として認めること。それは上でも下でもなく横に並ぶことなのではないかと思うのです」


 横に並ぶ。

 つまり、相手を対等だと認めるってこと?


 あれ、なんかわかったかもしれない?


「そういうこと? ああ、そういうことなの? 自分より上だと憧れの対象で、自分より下だと庇護の対象で……だから対等じゃないと恋の対象にならない?」


「そう単純な話でもないとは思いますが、すべてにおいてそうだとは言いませんが、そう言う側面は大きいかと思います」


 えーと、じゃあ、何においてもわたしのほうが上だと思っているスレッドリーのことをかわいいと思ったのは、庇護の対象だからであって、恋ではないってこと?


「アリシア。私から1つアドバイスを贈るとするなら――」


 メルティお姉様がいたずらっぽく笑う。

 

 アドバイスを贈るとするなら?


「庇護の対象だからといって、恋をしてはいけないという法律はありませんよ♡」


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