第32話 アリシア、仮死状態にする

「みんなー、起きて起きてー! もう少しで『ラミスフィア』ですよー。もううっすら城壁が見えてきてますよー!」


 ラッシュさんとスレッドリーは移動中の車内での朝食を食べた後、そのまま寝てしまっていた。深夜の戦闘で疲れたのかな。


 自動運転に切り替えてから、客車に移動する。

 到着する前にあれこれ荷物の整理をしておこうかなっと。あとスレッドリーの顔ももう一度見ておきたいし!


「おーい! いい加減起きろー!」


 口で言ってもわからないやつらにはこうだ!

 ローキックをくらえ!

 よし、気絶したね。早く起・き・て♡


「皆様そろそろご準備を……ぷぷっ……失礼しました。殿下、ラッシュ様、身支度を……ぷぷぷっ」


 ラダリィ!

 もうちょっと耐える努力をして!


「どうしたラダリィ? 何かおかしなことでもあったのか?」


「殿下……その……ぷぷぷっ。こちらを見ないでください! 瞬きをしないで!」


 ラダリィがスレッドリーの顔を強引に押しのけて横を向かせる。

 

「ぶほぁ!」


 ふっ、引っかかったな!

 こんなこともあろうかと、耳たぶと首筋にもいたずら書きをしておいたのだ!


「殿下……」


 ラッシュさんが憐みの表情でスレッドリーを見つめていた。


「なんだ? みんなどうした? 俺の顔に何かついているのか?」


 ラッシュさんの視線が集中しているほっぺたの辺りを袖で擦る。

 でも残念! 3日間消えない特製のインクでいたずら書きしましたー!


「殿下、鏡を……」


 ラッシュさんがスレッドリーにそっと手鏡を渡す。


 あ、それは!


「ん、なんだ? 何もついていないじゃないか。いつも通り……俺はかっこいいか?」


 ぶぶぶぶうぅ!

 そのいたずら書き満載の顔でキメ顔やめっ!


 アハハハハハハハハハハハハハハハハ!


「なんだアリシア。急に笑い出したりしてどうした?」


 もう無理無理無理!

 お腹が……腹筋取れちゃう!


「ラダリィまで……お前たちなんだなんだ……」


 ごめん、スレッドリー……。

 そのインクさ……バカには見えないの! ホントごめんね。ぷぷっ……ダメッ! アハハハハハハハハハ!


「ラダリィどうしよう。破壊力あり過ぎて……。これホント無理。アハハハハハハハハ」


「だからやめましょうとあれほど……ぷぷぷぷぷっ」


 このままさ、『ラミスフィア』に入るのはやばくない? スレッドリーのお姉様も笑い転げちゃう危険があるって! さすがにインク落とす? やっぱりそれしかない? 逆にこのまま行っちゃう⁉


「アリシア様……。殿下で遊ぶのはほどほどに願います」


「は、はーい」


 ラッシュさんそんな悲しそうな顔……ちょっとー泣かないでよー。

 わかりましたから。ちゃんと街に着く前にインク落としますから!


「スレッドリー、ちょっとこっち来て。あ、後ろ向きでお願い」


「なんで後ろ向きなんだ?」


 と言いつつも、素直にムーンウォークの出来損ないみたいな歩き方でこちらに迫ってくる。


「ちょっと今……スレッドリーのかっこいい顔を見ると、涙が止まらなくなっちゃうから……」


「俺のかっこいい顔だと⁉ いいさ、好きなだけ見ろ!」


「ぶふぅ!」


 だからこっち向くなって言ったでしょ!

 やめて! キメ顔やめれって!


 首ゴキッと。

 よし、これで静かになったからインクを落としましょう。


「アリシア……。それ、生きてます……? 曲がっちゃいけない方向に首が……」


「ん、ああー。だいたい3分以内に蘇生すれば平気じゃない?」


 たしか心肺停止の時の蘇生率がなんたらかんたら……。最悪、スーちゃんに頼んで送り返してもらえばいいし? わたしには3分以内にやらなければならないことがあった。


『おい。スレッドリーがこっちに来ているんだが……お前……やったのか?』


 あ、スーちゃん!

 おはようございまーす!


 あれ、おもしろフェイスのヤツ、もうそっちに行っちゃった?

 もうちょっと猶予があると思ったのにな。はいはい、すぐに治癒ポーション使うから、蹴り返しておいてー。


『女神をそういう目的で利用するな。本来仮死状態というのは神聖な――』


 はいはい、また今度話は聞くからねー。

 今ちょっと忙しいの。『ラミスフィア』に着いちゃうから、またあとでねー。


『おい! まだ話は終わってないぞ!』


 ツーツーツー。

 現在話し中のため応答できません。


「あ、スレッドリーおかえりなさい」


「はっ……ただいま? 今、なぜかスークル様にお会いしたような夢を……?」


「なーに? 寝ちゃってたの? もう『ラミスフィア』に着くから起きてってさっき言ったじゃないのー。お寝坊さんなんだから♡」


「お、おう……。夢か、そうか……」


 ふぅ、ごまかせたか。

 おバカさんは扱いやすくて助かるわ。


「殿下……。こうして一生尻に敷かれる運命なのですね……」


「アリシア……。さすがに仮死状態にするのはやり過ぎだと思うのです……」


 何よ、2人とも!

 えっ、わたしがおかしいの? 生きてるんだからいいでしょ? ダメ? えー、冒険者になったらこんなの日常茶飯事よ? 生きるか死ぬかの世界なんだからね?


 一歩街を出たら死と隣り合わせ!

 みんな肝に銘じるように!

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