第22話 アリシア、最終の朝練に参加する

「違う違う、そうじゃない! ジャンプする瞬間に、ぐっと膝に力を入れるんだ! そうだ、そう! やればできるじゃないか!」


 ん、なんだ?

 やけに気合の入ったエリオットの声がする……。


 朝早いのに練習がんばってるんだねー。

 あと2日で王宮特別公演だもんね。わたしも今日の午後辺りからは本格的にパーティー料理作りに入るよ。


「おはよー。みんなやってるー?」


 練習場……として開放してもらっている舞踏会用のホールに足を踏み入れる。


「そこだ! 遅いっ! 正しいスピードで入らないとジャンプは成功しないぞ!」


「す、すまない……」


「バックスケーティングでジャンプに入る時は、周りの景色に目印を決めておくんだ。たとえばそこの初代国王の自画像が見えた瞬間に踏み切る、とかな」


「なるほど……」


「目印さえ決めておけば、後ろ向きに全速力を出しても怖くないだろう?」


「たしかに……」


 エリオット……そして、なぜかスレッドリーがスケート論について熱く語っていた。


「ねぇ、ちょっと待って……。なんであなたがここにいるの……?」


「おう、暴君、おはよう。殿下がスケートに興味があるっていうから、ちょっくら教えていたんだ」


「エリオットさんに教わっていたところだ」


「エリオット……さん、だって?」


 スレッドリーが誰かに「さん」付けしているところなんて初めて見たんですけど……。何、どういうこと? 筋肉仲間ってことはないだろうし……まさか弱みでも握られた?


「おう。朝のランニングをしていたら、殿下と偶然会ってな。一緒に走っていたら、こうなったわけだ」


「おうっ、エリオットさん!」


 がっしりと肩を組んで……。


「待って待って。どうなったらそうなるのよ……」


 肩を組んだまま無言で笑い合うエリオットとスレッドリー。ちょっとキモ……。


「おはよう~。暴君、今日は早いね」


「おっす。早いっすね」


 エデンとセイヤーが朝練に合流してくる。


「おはよう。……暴君ってなんだ?」


 あ、スレッドリーに聞かれた! そこに食いつくのはやめて!


「殿下、おはようございますっす。暴君は暴君っすよ。暴君幼女。『ガーランド』で暴君幼女・アリシアちゃんを知らない人はいないっす」


「暴君幼女……?」


 おい、キョトンとした目でこっち見んなっ!


「暴力的で威圧的な我らの愛すべきリーダー。暴君幼女。ああでも、もう幼女でもないよな。やっぱり暴君少女にしとこうか?」


「それをわたしに聞いてくんな! そもそも暴君の時点で悪口でしょ!」


 ちょっと呼ばれ慣れてきちゃってたけどさ!


「そうっすか? かわいくて小生意気なアリシアちゃんにぴったりの通り名だと思うっすよ」


「うっせ! 小生意気は余計だ!」


 セイヤーのお尻に軽くミドルキックをかましてやる。「キャイン」という叫び声をあげ、5mくらい吹っ飛んでいった。


「せ、セイヤー! お尻大丈夫⁉」


「アリシア……。そういうところだぞ……」


 エデンが走り寄り、セイヤーを抱き起こす。

 それを眺めつつ、ため息をつくエリオット。


「ぱっくり2つに割れたっす。犯人はアリシアちゃん……」


 血文字でダイイングメッセージを残すな!

 そもそもお尻蹴っただけなんだから、血とか出てなかったでしょ!


「暴君少女……」


「スレッドリーもこいつらの冗談をまともに取り合うんじゃないの! こいつらはわたしより弱いくせに、いっつもからかってくるんだから。失礼しちゃうわ」


「仲が良いんだな……」


「まあ、そりゃね。それなりに長く一緒にチーム組んでるからね」


 同じ釜の飯を食う仲間ってやつね。

 秘密も共有しているし、けっこう濃い仲だとは思うよー。とは言わない。なんとなくまた面倒なことになりそうだし。


「暴君は午後から料理に専念するんだよね? ボクたちに付き合ってくれるのは午前の練習まで?」


 エデンが上目遣いに尋ねてくる。


「そうねー。その予定かな。最後だから通し練習を中心にしましょ。あとは当日までそれぞれ無理しないようにやって。ローラーシューズショーを初めてご覧になる方ばかりだから、細かい技巧を詰めるよりもダイナミックさと表情の演技を大切にね。そっちのほうが伝わるし」


「「「Yes! 暴君少女!」」」


 3人が起立し、敬礼をしてくる。

 ちょっと懐かしい……。


「暴君少女……」


「スレッドリー……なんか文句でもあるの? まさか煽ってるの? 本気の練習に入るから、静かにしていられないなら出ていってくれる?」


「そういうつもりでは……もう少しだけ見て行ってもいいかい?」


「黙って座っていられるならね」


「Yes! 暴君少女!」


 スレッドリーがお決まりのセリフとともに、さっきの3人のように敬礼をしてくる。


 イラッ。


「もう帰れっ帰れっ!」


「なんでだ! 彼らは良くてどうして俺はダメなんだ!」


「あなたに言われるとイラっとするからに決まってるでしょ!」


「そんな。理不尽な……」


 膝から崩れ落ちるスレッドリー。


「あの~。アリシアちゃん? 練習始めたいんすけど~? 痴話ゲンカってまだかかるっすか?」


「痴話ゲンカじゃないわ! ただのケンカ! よーし、痴話ゲンカじゃなくてただのケンカだってところ見せてやるわ。ちょっと暴力で解決するから、1秒待ってて!」


 腕をグルグル回して、回しただけ威力が上がるパーンチ!


「ちょっちょっちょっ! ストップっす! そんな威力で殴ったら、殿下が木っ端微塵になって死ぬっす!」


「ええい、離せ! これが痴話ゲンカじゃない証拠を見せてやるんだからっ!」


 羽交い絞めにしてくるセイヤーをちぎって投げ捨てる。


「エリオット! エデン! 笑ってないで止めるっすよ! 人命救助っす!」


「「無理!」」


「ああっ、殿下! さようならっす」


 スレッドリー……バイバイ!

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