第18話 アリシア、ラダリィの顔を立てる

「おい、ちょっと待て! まだ話は終わっていないぞ!」


 スレッドリーが立ちあがって、デュークさんを連れ戻しに行こうとする。


「おとなしく座ってて! デュークさんはお仕事中でしょ。わたしたちは食事を楽しみに来た。はい、もうこの話はおしまい!」


「だがシノンという男の素性を……」


「それはアリシアから直接お聞きになればよろしいのではないですか?」


 ラダリィがしれっとこちらに矛先を向けてくる。

 ちょっと、何言ってるのよ⁉ あ、また悪い顔してる……。


「そうだ! アリシア……やはりあの時、シノンという男とデートしていたのか……?」


 スレッドリーが今にも泣きそうな顔で尋ねてくる。


「いや、デート……ではない、よ?『お散歩コース』っていうお店の定番メニューを選んだだけで……」


 すごく説明しづらいなー。

 ちょっとラダリィ、ニヤニヤしてないで助けてよ! 常連さんでしょ?


「お散歩コース、とはなんだ?」


「街を一緒に歩いて、散歩したり買い物したりするの」


「……楽しいのか?」


「まあ、それなりに?」


「シノンという男は……いいのか?」


「いいって何が?」


「その……いろいろだよ」


 何が聞きたいのさ?

 はっきり言いなさいよ!


「アリシア。モジモジ殿下はこうおっしゃりたいのだと思います。『俺よりも良い男なのか? 俺よりも一緒にいて楽しいのか? 俺よりもキスがうまいのか?』と」


 スレッドリーの声色までマネて……。

 まったくもー、1人で楽しんじゃってさ……。


「それで……どう、なんだ……?」


 スレッドリーも便乗しないの。

 そういうところがホントにダメね。


「はいはい。そうねー。顔は……スレッドリーとは系統が違う美男子だから好みは人それぞれだと思うよ! 一緒にいて楽しいかと言われると、ぶっちゃけて言えば女性慣れしているので、気持ちよくエスコートしてくれるからシノンさんのほうが上! キスがうまいのかって聞かれても、手の甲でそんなの分かると思う? これで良いですか⁉」


 もうヤケだ! 全部答えたよ! これで満足⁉


「殿下~。1敗2分ですね。惨敗ですね。1つも勝てていませんし、もう白旗を上げたほうがよろしいのではないでしょうか?」


 ラダリィが煽っていく。

 他の2つはどうかわからないけど、エスコート力でスレッドリーが勝つのは無理じゃない? シノンさんは接客のプロだよ?


「まだだ……。アリシアは、顔は人それぞれの好みと言った。つまり……俺にも勝つ見込みが!」


 また顔?

 ほかに勝負できそうなところないの?


「殿下、お待ちになられたほうがよろしいかと。その質問は、ご自身にとどめを刺す危険が……」


「どうなんだ? 実際、どっちの顔が好みなんだ⁉」


 ラダリィがやさしさで止めてくれたというのに、スレッドリーはそれを振り切ってしまった。

 あー、これはわたしの回答次第ではホントに……。


「聞きたいの?」


「ああ……覚悟はできているっ!」


 スレッドリーは目を硬くつぶり、腕組みをして天を仰いだ。


 そんなに……?

 うーん。

 顔の好みかー。ぶっちゃけよくわからないのよね。男の顔って、「まあかっこいいかなー」か「普通だなー」か「うわっブサイク!」の3パターンしかなくない? 細かい差なんて正直興味ないっていうか……。スレッドリーもシノンさんも「まあかっこいいかなー」の中に入っているんだし、もうそれでいいよね。「上の上」か「上の中」かで争っても何も生まれないっていうか……そんなことより一緒にいて楽しいとか、話が合うとか、そういうことのほうが重要っていうか……。


 こういうのって、どういえば伝わるのかな……。


「アリシア、ちょっと……」


 うわっ、ラダリィ、急に何⁉

 いきなり耳元で囁いたりして?


「ここは1つ私に免じて……」


 えー。そういう流れ?


「どうかどうか、お願いいたします」


 そんな小声で頭を下げられても……。

 

 でもさー。うーん。

 だってそんなこと言ったら、コイツ絶対調子に乗るじゃないの……。


「あとは私のほうでなんとかしますから……」


 ホントにぃ?

 絶対の絶対?

 もしスレッドリーが暴走したら、さすがにわたしも命の保証はできないよ?


「命に代えてもなんとかしますから……」


 ラダリィの命に代えられてもな。それはちょっと重いよ……。


 まあ、わかった。わかりました!

 じゃあここはラダリィの顔を立てます。ホントにあとはお願いね?


「オホン。えーと、わたしは……どっちかというと……ほんの僅差で……スレッドリーの顔のほうが好み、かも? しれないかも?」


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 ちょっ、うるさい!

 個室って言ってもそんな大声出したら他のお客さんに迷惑だからっ!


「よっっっっっっっしゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 こぶしを高々と掲げ、見事なまでのガッツポーズ。


 いや、そんなに喜ぶ?

 さすがにそのリアクションは……引く……。


「殿下、良かったですね。1勝1敗1分。なんとかギリギリ持ち直しました。あとは殿下がアリシアを楽しませてエスコートできるようになって最後にキスすれば殿下の勝ちです」


 ニコニコ顔のラダリィさん。

 水を差すようであれなんだけど、そのプランは正気ですか?


 うーん、まあそうねー。一緒にいて楽しい気分になれるなら……スレッドリーだって悪くはない、かもね? もしかしたら? まあ、不快ではないって程度には?


 どうかなー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る