第17話 アリシア、スレッドリーに剣を捨てさせる?

「失礼いたします。お料理をお持ちいたしました」


 そう言ってわたしたちの個室に入ってきたのは、ラダリィの想い人で執事喫茶で働いている静かなイケメン・デュークさんだった。


「デュークさん⁉ え、本物ですか? 似てる人なだけ?」


「アリシアお嬢様。先日はお世話になりました」


 あ、本物だわ。


「ホントにデュークさんだ! この間はどうもー。とても楽しい時間をありがとうございました!」


「ラダリィお嬢様のご紹介で、このような美しい方をお出迎えできたこと、大変光栄に思います」


 デュークさんは腰を折り、深々と頭を下げてくる。

 今は執事服じゃないのに、その姿は執事そのものだよ。「かっこいいね」と、ラダリィのほうを見ると……「100万回惚れ直しました♡」みたいな顔していますね。はいはい、ごちそうさまでした、と。


「貴様誰だ。俺のアリシアに馴れ馴れしいぞ。名を名乗れ!」


 敵意むき出しのスレッドリーが唸るような低い声で噛みついていく。

 腰に手をかけるも、帯剣していないからポーズだけね。今日はラダリィプロデュースのデートだから、いつもの恰好じゃないもんね。スレッドリーの執事服もまあまあ似合っているよ。でも、デュークさんに所作を習うともっといいかもねー。


「失礼いたしました。私は、執事喫茶・パラダイスで働いております、デュークと申します」


「デュークと申すか。して、アリシアとはどんな関係だ?」


 聞き方が怖いよ、スレッドリー……。


「先日アリシアお嬢様が、パラダイスにご帰宅なされた折、お目にかかった次第でございます」


「パラダイス? ご帰宅? なんのことだ。アリシアをどうするつもりだ⁉」


 眼光が鋭く、声のトーンにもいら立ちが混じっていくのがわかる。さすがのデュークさんも、一方的な敵意にどう対処して良いか迷ってしまっているみたい。


「スレッドリー、もうやめなよ。ラダリィが通っている執事喫茶がパラダイスって名前なの。わたしもこの間連れて行ってもらったんだけど、執事喫茶って来店することを『帰宅する』っていうのよ。『お嬢様がお屋敷に帰ってきた』っていうコンセプトなの。わかった?」


 まったくもうー。

 別にやましいことなんて何もないのに、なんでこんなことを説明しなきゃいけないのよ。


「わかった……。そのパラダイスとやらで男と……。まさか先日の!」


「殿下。珍しく察しがよろしいですね。そうです。先日アリシアがデートしていたお相手は、デュークの同僚ともいうべきお方です」


 ラダリィが「ここだ」というタイミングで、とても楽しそうに会話に入ってくる。まーたスレッドリーで遊ぼうとして……。


「デートだと……。あの男、往来の真ん中で俺のアリシアの手にキスを……。くそっ! 決闘を申し込む!」


「待ちなさいって。あれは――」


 ラダリィの強い視線。「まだ泳がせろ」という目の中に書いてあるし……。


「先日ご帰宅なされた時、アリシアお嬢様をお相手したのはシノンでしたね。殿下、シノンは武術などからきしの男です。どうかご容赦頂ければ幸いです」


「ならぬ。アリシアを賭けて勝負をしてもらう」


 スレッドリーはテーブルを乱暴に叩くと、勢いよく立ち上がった。

 しっかし、スレッドリーってば、弱い癖に人に勝負を挑むのが好きよね。Mなの? あ、ドMだったわ。


「そうやってかっこつけてすぐに剣を抜く男は嫌いだなー」


 もっとほかのことで勝負しなさいよね。


「よし、やめよう。今日限りで俺は剣を捨てるぞ」


 あー、ドM以前に超極端な人だったわ。

 『剣聖』スキル持ちが剣を捨てたら、ホント何も残らなくなっちゃうよ? あ、ドMな特性だけは残るか。


「それでは陛下から賜ったという、あの初代様の愛刀は私のほうで処分しておきます。骨董市で売ったらいくらになるでしょうか」


「そ、それは……」


 初代国王・カイランド=パストルランの愛刀⁉

 なんでスレッドリーなんかが受け継いでるの⁉

 そんなのまさに宝の持ち腐れだよ! いや、でもそっか。『剣聖』スキルをきちんと鍛えていくならそうでもない、かもしれない? うーん。この腕前でそんな日が来るのかな。


「お話が盛り上がっているところ失礼いたします。お料理が冷めてしまいますので、ご提供させていただければと存じます」


 話の中心だったはずのデュークさんが、静かに料理をテーブルに並べ出す。サラダ、スープ、パン、肉料理が2品がそれぞれ大皿に乗っている。1品ずつ出てくるコース料理じゃないのね。みんなで取り分けて食べる形式かー。


「ごゆっくりお楽しみくださいませ」


「ありがとう、デューク。またあとで顔を出してね♡」


「もちろんでございます。それでは失礼いたします」


 ラダリィとデュークさんは、お互いに伸ばした指先だけ触れ合う。微笑みを浮かべたデュークさんは、料理のワゴンを持って個室から出て行った。

 なんかちょっとステキね……。

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