第15話 アリシア、下半身お化け殿下に幻滅する?

 わたしとスレッドリーが投げ上げた銀貨は、美しい放物線を描いて『願いの泉』へと吸い込まれていく。


 さあ、条件は満たした。

 はりきってわたしの願いを叶えたまえ!


「やったぞ! 初めて入った!」


 スレッドリーが小さくジャンプしながら無邪気にはしゃいでいる。

 まあ、高速で飛び回るハエをレーザーで撃ち落とせるわたしの計算能力にかかれば、こんな動かない泉にコインを投げ入れることなんて、朝飯前どころか前日の昼食後ですわ。


「良かったね。それでー、願いは叶った?」


 ちなみにわたしの願い事はまだ叶っていない。

 どんな願い事をしたのかって? それはね……秘密ー。誰かに言うと叶わなくなるっていうからね?


「おう、叶ったぞ!」


 スレッドリーが満面の笑みを浮かべながらわたしの両手を握ってくる。まあ、とりあえずは振りほどかずにしばらく泳がせておこう。


「そっかそっか。『願いの泉』の効果ってすごいのね。ちなみにどんなお願いをしたの?」


「えーと……」


 急に視線を外して顔を赤らめる。

 まあ、どうせ『わたしと手が繋げますように』とかでしょうけどね。すぐにわかるんだからね。


「俺の願いは『アリシアとずっと一緒にいられますように』だ」


「……え?」


「だから『アリシアとずっと一緒にいられますように』と願ったんだ!」


 2回言わなくても聞こえてたけどさ……。


「いや……それはまだ叶っていないんじゃ……」


「もう叶ったよ」


 そう……なの?


「俺の中では今が『ずっと』なんだ」


「意味わかんない……」


 今がずっとって何よ……。


「アリシアと一緒にいられる時間が俺のすべてなんだ」


 自信満々に何ちょっと気取ってかっこいいこと言ってさ……。ぜんぜん意味わかんないし。

 確かに今、この瞬間は楽しくないわけじゃないよ。お互い自然に会話できているし、スレッドリーが隣にいるのも悪くないかなって思ったりしないでもないかもしれない?


「でもね、ずっと一緒にいるってさー、そんなきれいごとだけじゃすまないと思うのよね。思い通りにいかないこともあるだろうし、意見が割れることもあるだろうし」


 スレッドリーがわたしの前で膝をついて首を垂れてきた。


「健やかなる時も病める時も、富める時も貧しき時も、楽しい時も辛い時も、俺はアリシアと一緒にいたいと願う」


 真剣にまっすぐに。

 まるでプロポーズの言葉。


「ちょっ――」


「はい、先走り殿下。そこまでです」


 ラダリィがわたしの言葉をさえぎる。跪くスレッドリーの手を引っ張って強引に立ち上がらせた。


「なんだ、良いところだったのに」


「勝手に盛り上がらないでください。今日のデートは私のプロデュースです。健全で安全なデートにプロポーズは含まれていませんよ。これ以上先走るなら、もう二度と協力いたしませんが、それでよろしいですか?」


「……それは困る」


 強い口調のラダリィに気圧されるように、スレッドリーは黙り込んだ。


 うん、ありがとう。

 さすがにまだちょっと時間が足りないかな?

 わたしもちゃんと考えるからさ……。

 


「せっかくうまく行っていたのに、早漏殿下のせいで台無しになってしまったので、仕切り直したいと思います」


「それは意味が違うだろ!」


「事実でしょう」


 え、スレッドリーってそうなの……。


「おい! アリシアが誤解してるだろ! 訂正してくれ!」


「そうですね。訂正します。私が夜伽をさせていただいた時は……一瞬でございましたね」


 え、やっぱりメイドさんってそういうことを⁉ 王族ってそうなのね……。汚らわしい!


「誤解がさらに広がっているじゃないか! 俺がいつお前に夜伽をしてもらったって⁉ そんなこと一度もないだろ!」


「いいえ、たしかに夜伽をいたしました。あれは殿下が11歳にならればかりのことです。高熱を出し、床に臥せっておられた時のこと、私が夜通し看病して差し上げたのをお忘れですか?」


 夜伽とは。

 主君のため、病人のためなどに、夜寝ないで付き添うこと。


「そっちの夜伽の話か……」


「殿下が元気な夜にお相手するほうではございません。私はアリシアに似ておりませんから、そのような場には一度も呼ばれたことがございませんね」


 え、じゃあやっぱり、夜な夜なメイドさんを呼んで……王族ってそうなのね……。汚らわしい!


「ないないない! お前以外にも誰も呼んだことなんてないぞ! 俺は初めての相手をアリシアと決めているんだ~!」


「ちょっ、ちょっと大声で何言ってるの⁉」


 やめてよ!

 みんながこっち見てるでしょ!

 

「童貞殿下……。初めての時にスマートにリードできずにがっつくと、1000年の恋も冷めますよ」


「そんな……」


 だからこっち見るな!

「ウソだろ……」みたいな目で見てくるな! 今のはあくまでラダリィ個人の意見だからね⁉


「今夜から私が練習に付き合って差し上げましょうか?」


 悪い微笑みを浮かべる。

 練習って、スレッドリーとラダリィが大人な関係になっちゃう⁉


「このままだとアリシアに嫌われてしまう……。でも初めては……。しかし、練習しないと……リード……」


 めちゃくちゃ迷っていらっしゃる……。


「もちろん冗談でございます。殿下のお相手など、死んでもお断りです」


「冗談、だと……。では俺は誰と練習をしたら……」


 いや、だからこっち見るな!


「アリシア、どうですか? 幻滅しましたよね。一途な愛を囁いておきながら、このように性欲に任せて堂々と浮気を宣言されるのです。殿下の愛などこの程度のものなのです。下半身お化け殿下ですね」


 完全にラダリィが誘導してましたけどね。

 弄ばれてかわいそうにさえ思えるんですけど……。


「まあ、なんかほら、その辺を歩いているきれいなお姉さんにでも声をかけて練習させてもらったら?」


「アリシア~~~~~~~~~! 違うんだ~~~~~~~~~!」


 泣き崩れるスレッドリー。


 まあ、さすがにちょっとだけかわいそうではある。


 でもね。

 ちょっとでも練習に心が揺れていたのは、絶対に忘れませんからねっ!


 まったく、これだから男は……。

 

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