第14話 アリシア、エスコートされる

「あのー、ラダリィお嬢様?」


「なんでございましょう?」


 すまし顔のラダリィさん。

 わたしが声をかけた理由、わかってらっしゃいますよね?


「普段着……というコンセプトだって聞いていたような気がしたんだけど? このドレスはいったい?」


「アリシアの可憐さを引き立てていて、とてもお似合いですよ」


「そういうことを聞いているのではなくてですね……」


 わたしが着せられたのは薄い水色のロングドレス。

 肩ひもについた蝶をモチーフにしたリボンがとってもかわいいのだけれど……この間のロイスの結婚披露パーティーの時よりもさらに豪華なドレスですね?


「実は最近流行りの、とても動きやすい外出用のドレスなのです」


「ホントにぃ? こんなにふわふわしているのに?」


 このスカートだと、どう考えても歩きづらいと思うんですけど?


「そのドレスはまだ完成していません。スカートの中段あたりに紐がついていまして、後ろでそれを結ぶと……はい、できました」


「お? これは⁉ 急にすっきりとした! なにこれ、すごい!」


 スカートの中のふわふわした素材が、紐で縛られたんだ! 外から見えないところで中のパニエがキュッとまとまって、スカートの中に空洞ができてる! とっても歩きやすい! えー、すごい! 実用的!


「いかがでしょうか?」


「これならとっても歩きやすそう! この構造はすごいわね!」


「これが最近貴族の方の中で大人気のドレスなのです」


 これなら人気出るのもわかるわー。

 貴族様なら暑いからって、外を出歩くためにミニスカートを履くわけにもいかないでしょうし、かといってそのままモコモコしたドレスで歩き回るのはつらい。見た目は変えずに実用的なドレス。これを発明した人は天才だー!



「なあ、おい……」


 ガチョンガチョン。

 変な金属音をさせた何かが近づいてくる。


「なあ……。俺の恰好はこれで合っているのか……?」


「ぷっ。……殿下! とてもお似合いでございます!」


 ラダリィ……今、堪えきれずに笑ったよね? 絶対悪ふざけしてるよね?


「本当か? とても前が見えにくいんだが……。そもそも歩きにくいんだが……」


 そう言って、ギシギシという金属音を立てながら、バケツ型のヘルムを持ち上げて、素顔を見せてくる。


 なぜか、全身金属――タンク職がつけるような重鎧姿のスレッドリーくん……。

 これから戦いの場にでも赴かれるのですか?


 クスクス。


「アリシアも笑っているのだが?」


「笑ってないよ……ぷぷっ」


 ダメッ! 頭のヘルムをパカパカしないで!

 ツボに入っちゃう!


「なあ……。さすがに鎧姿で街中を歩くのはおかしいと思うんだが?」


「いいえ。王族たるもの、いかなる時にも先頭で指揮を執り、民衆を鼓舞し、国を守る宿命がございます。戦時下にある今、常に気を抜かれることなどあってはなりません」


「いや、戦時下ではないが……」


 平和そのものですね。

 たぶん王様は庭園でお花に水やりをしてると思うし。


「ラダリィ……さすがにこれは、わたしが嫌なんだけど。鎧とはデートしたくないな……」


「お気に召しませんか? 鎧兜と姫君。とてもインパクトのあるデートになりましたのに」


 インパクトって。

 やっぱりふざけていただけじゃないのさ。


「スレッドリー。悪いけど普通の服に着替えてきて」


「おう……」


 ガチョンガチョン。

 ここに来る前に遊ばれていることに気づいてよ!



* * *


「んー、それでわたしたちは最初どこに向かってるの?」


 なぜだか執事服を着せられたスレッドリーが隣を歩いているわけだけど……。まあ、王族丸出しのマント姿よりはマシかな……。


「殿下。アリシアをエスコートしてください」


「おう……」


 スレッドリーが視線を外しつつ、無言でスッと手を差し伸べてくる。何、手を取れって言ってるの? やだよ。手なんて繋がないよ。


「ぷい」


 そっぽを向いて無視を決め込む。接触、断固反対!


「あらあら。殿下、振られてしまいましたね。今日のデートの間に、手が繋げるくらいの好感度を稼げると良いですね」


「がんばる……」


 スレッドリーはがっくりと肩を落とし、弱々しい足取りでわたしの前を歩き出す。わかりやすくへこんでますね。そんなに手って繋ぎたいもの? でも誰かに見られたら恥ずかしいし……。



「はい、到着しました。最初のデートスポットはこちらです」


 ラダリィが「デートスポット」と宣言して立ち止まった場所とは――王都の中心街も中心街、大噴水広場の前だった。


「この噴水を見に来たの? ここならシノンさんと前に――」


「アリシア!」


「その話はするな」と強めのアイコンタクトが飛んでくる。そ、そっか。そうだよね。仮にもデートなのに、ほかの男の人の話をしたらスレッドリーに悪いか。ごめんごめん。さすがにわたしが考えなしだったよ。


「わーい、噴水きれいねー。見たかったんだー」


「急にどうした? アリシアは噴水を見たことなかったのか?」


「まあ、ちゃんと見たのは初めて、かな? わたし、王都に来たの今回が初めてだし」


「そうか。この噴水はな、初代様が戦勝記念に作られたと言われているんだ。通称『願いの泉』だな」


「願いの泉?」


 噴水なのに泉?


「ああ。水を噴き上げている中心部の下の辺りに、少し深くなっている堀が見えるだろう? あそこが『願いの泉』と言われているんだ」


「へぇー。何かキラキラしているわね?」


『願いの泉』の部分が光って見える。水の底に何かある?


「銀貨だ。噴水に背を向けて銀貨を投げて、見事『願いの泉』にコインを投げ入れることができたら、願い事が叶うと言われているんだ」


「へぇー。なかなかロマンチックなお話ね」


 そういうのは嫌いじゃないかな。

 信じる者は救われるって、とっても良いと思うの。願いが叶うって信じて行動すれば、きっといつかは叶うってね。


「アリシア!」


「何よ、急に大声を出したりして」


「お、おおおお俺と一緒に……ここここコインを投げてみないか?」


 急にキョドりだして……なんなの?


「別にいいけど。こういうのは誰かと一緒に投げるものなの? 成功したら2人とも別々の願いを祈ってもいいのよね?」


「もももももちろん!」


 なんなの?

 ねぇ、ラダリィ?


 なんかラダリィがものすごーくニコニコしながらこっちを見ている……。いったいなんなの?


「今だけ、今だけでいいから、俺の手の平の上に、アリシアの手を重ねて乗せてくれ」


「あー、はいはい。一緒にコインを投げるなら仕方ないわね」


 噴水に背を向けた状態でスレッドリーが立ったので、わたしもそれに倣う。やっぱり背高いね。

 スレッドリーの伸ばした左手の上に、そっと右手を重ねてみる。うわー、コイツ手の平にめっちゃ汗かいてるぅ。それに何か震えてるし。


「よし、銀貨を置くぞ……」


 わたしの手の平の上に、ピカピカの銀貨が1枚乗せられた。わたしはそれを軽く握り込む。


「これで?」


「『せーの』の掛け声で、後ろの『願いの泉』に向かって、コインを投げ上げるんだ」


「はいはい。うまく入ると良いね」


「お、おう……。いくぞ。……『せーの』」


 ほい。


 足場ヨシ。

 ステップ脚ヨシ。

 肘の角度調整ヨシ。

 手の返し角度のシミュレーションヨシ。

 初速計算ヨシ。

 念のため追尾システム作動ヨシ。


 左手は添えるだけ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る