第10話 アリシア、スレッドリーのことをもっと知っちゃうぞ大作戦をスタートさせる

「恋愛の主導権を握る、か……」


 ソフィーさんと話をした後、とんぼ返りで王宮へと戻りつつ、馬車の中で1人考える。


『自分が追いかけるよりも追いかけられる。愛するよりも愛されるほうが強い』


 数々の恋愛を経験してきているソフィーさんが言うんだから間違いないんだろうね。そしてまさに今、わたしの状況がそれってことかー。実感ないよ。


「うーん、わっかんないなー。スレッドリーのことを知る努力をするとして、最後は受け入れればいいの? どうしてもダメなら切り捨てる?」


 深くどんなヤツなのか知っちゃった後で、 そんなことできるのかな。

 情が湧いて離れづらくなったりするものなんじゃない……?


 ええい、これが頭でっかちなんだわ!

 まずは余計なことを考えるのはやめよう! とにかくスレッドリーのことを知るのだ! それからどうするのか直感で判断しよう!



* * *


「というわけで、これからスレッドリーくんの面接を始めさせていただきます」


「面接ってなんだ?」


 スレッドリーが不安そうな目でわたしの顔を見てくる。


 王宮に戻ったわたしは、『スレッドリーのことをもっと知っちゃうぞ大作戦』のスタートを宣言したのだった。もちろんラダリィに協力を仰いでね。


「スレッドリーのことを知らなすぎるので、知る努力をしようかなと思って。特技とか将来の夢とか、いろいろ聞いたりしながらしばらく一緒に行動します」


「お、おう?」


 さらに複雑そうな表情を見せる。


「わたしもスレッドリーのことを好きになれるかどうかそれなりに真剣に考えてみるから、スレッドリーも精一杯アピールしてね」


「お、おう……」


 スレッドリーの顔が一瞬にして真っ赤に染まる。

 えっ、わたし……今なんかすっごいこと言っちゃったかも……⁉ ちょっ、顔熱っ! えー、なしなし、今のなし! もう1回やり直させて!


「お2人とも大変初々しいですね。まずはお互いを知るためにも、一度キスでもしてみましょうか」


「「それはまだ早い!」」


 まったく。ラダリィったらなんてハレンチな。

 キスなんて正式に婚約してからに決まっているでしょ! ぜんぜん婚約するとは言ってないけどねっ!


 ねぇ、スレッドリー?


 いや、見すぎ……。

 唇見すぎだから。マイナス5000ポイント!


「体の相性から確かめるのも良いかと思いましたが……そうですか……では手を繋いでいただいて、適当に街中をぶらつきますか」


「それもちょっと……」


 ラダリィさん、もう少し軽いところから始めませんか?


「手も繋がないのですか?……ではお互いの『いいな』と思うところを3つずつ上げてください。交互に1つずつですよ。まずは殿下から」


 それなら、まあ。

 接触もないし?


「『いいな』と思うところか……。そうだな、顔、かな」


「殿下、マイナス5億ポイント」


 ラダリィの絶対零度の視線でスレッドリーが氷漬けにされる。


「なんでだ⁉」


「女性の良いところで最初に『顔』は絶対ダメです。美女に対して、『顔が良い』というのは挨拶より意味のない発言です。そんなことは自他ともにわかりきっているのに『顔が良いね』と言われて、何か心に響くものがあると思いますか?」


 いや、まあ、わたしはそこまで自己評価は高くないけど……。


「どうだろうか……。好きな相手から言われたらうれしいのではないかと思うが……」


「好きな相手から言われたら、たとえどんな些細なことであってもうれしいのは当たり前な話です。そんなアホみたいな回答を聞きたいのではありません。当たり前のことを言われて、『当たり前』だな、という感情以外の感情が生まれると思いますか? とお聞きしているのです。虫よりも軽い脳みそを使って少しは考えてください」


「生まれない、かもしれない……」


「よくわかりましたね。そうです。こういう場合は本人が気づいていないような意外な点を見つけて褒める。自分しか気づいていないあなたの魅力はここですよ、というアピールの場です。常識中の常識ですので、その薄い脳のシワの中にしっかりと刻み込んでおいてください」


「そうか、しっかりと刻み込んだ……」


 スレッドリーが神妙な面持ちで深く頷く。


 ふむ。

 コイツ……愛すべきバカなんだなってことが改めてわかっちゃったわ。ここまで行くと、なんかもう……逆にちょっとかわいいかもしれない……。


「それでは次、アリシアの番です。殿下の『いいな』と思うところを1つお願いします」


「うん。なんかバカみたいでちょっとかわいいなと思いました」


 今見つけたんですけど、ほんの少しだけ好感度が上がりましたよ、と。


「同意です。とうとう良い点が見つかりましたね。殿下の魅力が1つでも伝わって良かったです」


 そう言ってラダリィが微笑む。


「それって褒めてるのか……?」


 スレッドリーが抗議めいた声を上げる。


「けっこう褒めてるつもりだけど? 何にもないダメ王子よりいいんじゃないって思ったけど?」


「そうか……ありがとう?」


 何その顔。

 腑に落ちていないけれど礼を言っておこう、みたいな。バカのくせにかっこつけちゃってまあ♡


「殿下、良いですよ。今の受け答えもバカっぽくてポイントが高かったようですよ」


 ラダリィがわたしの表情を見ながら何かをメモる。

 ラダリィってば、よく見てるなー。まあそうですよ。わりとポイント高かったですよ。もしかしてわたしってチョロいのかな……。



「はい、では次です。殿下、2つ目をお願いします」


「そうだな……。アリシアは、やさしい」


 じっくり溜めてから、スレッドリーはずいぶん抽象的なことを口にした。


「もう少し具体的にお願いします」


「具体的か……。面倒見がいい。アリシアは、きっとお人よしなのだろうな。こんなにもダメ王子扱いされている俺のことも気にかけてくれているのがわかる。しかも俺の想いに応えようとして、こんな時間まで取ってくれているのがやさしさなんだと思う」


「応えるかどうかは決めてないよ? 情報を集めてから、わたしも自分の気持ちに整理をつけないとってだけだから」


 それをやさしさ、と言われると……客観的に見たらそうなのかな、とも思う。眼中にないなら切り捨てるというのも選択肢の1つではあるわけだし。


「殿下にしては良い答えです。私もアリシアの魅力の1つは、その博愛にあると思います」


 博愛って言うほど大したものじゃない気はするけど、まあ褒められているから良しとしますか。



「ではアリシア。2つ目をお願いします」


「2つ目かー。難しいけど……裏表がないところかな?」


 ホントはあるのかもしれないけど、今のところそういうのは見えていないから、わたしからすると裏表がない人って印象。


「アリシア、よく見ていますね。おっしゃる通り、殿下にはペラペラの表しかありません。裏の顔を持てるほど厚みのある人間ではありませんから」


「……それって褒められてるか?」


 たぶん貶されていると思うよ。


「まあねー、ずっと『言葉の裏を読む』みたいなのはずっとされたら一緒にいるのも疲れるだろうし、それよりはペラペラでも良いかなとは思うよー」


 あくまでどっちかって言ったらっていう比較の問題だけど。


「そうか。アリシアが言うならそうなんだろうな! これからも本音だけで生きることにするよ」


 王族がそれでやっていけるのかは知らないけどね? ほら、王族と言えば血で血を洗う裏切りと謀略の日々、みたいなイメージがあるし? スレッドリーみたいな表しかないペラペラ人間だと利用されるだけ利用されて、真っ先に殺されそう。


 がんばって生きてね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る