第6話 アリシア、お姉様方に面接をされる

「お初にお目にかかります。アリシア=グリーンと申します」


 給仕用のカートを押して応接室に入り、スカートの裾を掴んで挨拶をする。


「まあかわいらしい」


「とても小さくてお人形さんみたいね」


「あなたが私たちの新しい妹になるのね」


「うちに持って帰りたいわ♡」


「弟にはもったいないわね」


 一斉にスレッドリーのお姉様たちがしゃべりだす。

 うわ、全員顔が同じだ……。髪型も、ドレスも同じ……これはやばい……。圧倒される……。


「姉上。アリシアはその――」


 約束通り、スレッドリーが第一声で、わたしのことは婚約者ではないことを謝罪する――はずだったのだけれど。


「スレッドリー、あなたはもういいわ。私たち、アリシア嬢とお話したいから、下がってくださらない?」


「そうね、ここは男子禁制と行きましょう」


「積もる話もありますし」


「ボスネル、あとはお願いね」


「かしこまりました」


 わたしと一緒に料理のカートを押してきてくれたボスネルさんが一礼する。後ろに控えるメイドさんたちに耳打ちで指示を出してから、早々に退室していってしまった。


「スレッドリー、聞こえなかったのかしら?」


「あ、え、あ、その……」


?」


「……はい」


 スレッドリーはわたしに向かって「すまない」とつぶやくと、肩を落として部屋を出て行った。

 うん、ちょっとまあ、しょうがない、かな。このお姉様方にはさ、たぶんスレッドリーでは一生勝てないよ……。



「さて、邪魔者はいなくなったわね」


「ええ、いなくなりましたわ」


「アリシア、そんなところに立っていないでこちらにいらっしゃいな」


「まあまあ。給仕などメイドに任せて」


「アリシア、もっと近くにいらっしゃい」


 同じ顔が一斉にわたしを呼ぶ。

 5倍の圧力……。従うしかない……。


「あらあら、緊張なさっているの?」


「取って食ったりはしませんわよ」


「あなたと話がしたいだけなのよ」


「わかっていますわかっていますとも」


「どうせ弟が先走ったのでしょう?」


「アリシアの顔を見ればすぐにわかりますわ」


「あとでお説教をしておきましょう」


「私たちはあなたの味方ですわ」


「さあ、座って」


「一緒にお茶にしましょう」


 は、はい……。

 なんだか思ったよりも良い人たちみたい……。ひたすら圧は強いけど。



* * *


「まあ、それではこのお菓子はすべてアリシアの手作りなのかしら?」


「はい、わたしは『ガーランド』でお店のプロデュースをしていまして」


「とってもおいしいわ。こんなにおいしいものは王都でも食べたことないわ」


「私が連れて帰ってもいいかしら?」


「ダメよ、姉様。今回は私に譲ってくださらない?」


「いいえ、私が一番アリシアを気に入りました」


「いつも大姉様ばかりずるいわ。今回こそは私の番ですよね?」


「アリシア、お近づきのしるしにこちらのネックレスをプレゼントしますわ」


 1人のお姉様が、わたしの首に紫色の大きな宝石がついた金のネックレスをかけようとしてくる。


「そんな、宝飾品などいただけません!」


 王族っていきなりこんな高そうなネックレスを初対面の相手に贈ったりするものなの⁉


「ちょっと、お姉様! またそれで言うことを聞かせて連れ去ろうと! そのやり方は姉妹協定で禁止にしたはずですが⁉」


「そうですわ! 無理やり連れ去るのは禁止です。相手の意思が大切、と決めたではありませんか」


「おほほほほ。そうでしたかしら、これはうっかりしていましたわ」


 責められたお姉様はぺろりと舌を出すと、ネックレスを箱にしまって席に着く。

 

 不穏な会話……。構造把握!


 おーっと、これは隷属のネックレスだ……。


 またまたー。なんでこんなものがこの世界には流行っているの? まあ、わたしには呪いの類は効かないけどね。状態異常や呪い関連は何重にも防衛してますから!


「ところでアリシア」


「はい、何でございましょう?」


 今誰から話しかけられた?

 えーと、一番上座の長姉様? たしか、グレンダン公爵夫人?


「私たちが嫁ぐまでの3年ほどの間、弟からはあなたの名前ばかり聞いておりましたのよ。今日は初めてお会いできてとてもうれしいのですけれど……。その、実際のところ、弟……スレッドリーとはどのようなご関係なのかしら?」


 いきなり核心に。

 そう、よね……。

 スレッドリーとは2歳差だから、お姉様方が15歳になられてご結婚されたのは、おととし? それまではこの王宮で一緒に暮らされていたでしょうし、その間はスレッドリーから自慢話を……。ああっ、わたしの名前だけが独り歩きしている状態……恥ずかしっ!


「たしか平民出身なのですわよね。ですのに、政治や領地経営などにお詳しいとか」


 2番目の……たしか、サニタリアル公爵夫人!


「とても興味がありますわ」


 3番目のお姉様が……ラミスフィア侯爵夫人!


「どうせ弟の一方的な恋なのでしょう?」


 4番目の……フィルニス侯爵夫人!


「でも、アリシアは今ここにいる。その関係にとても興味がありますわ」


 最後5番目の、ゼニアリス辺境伯夫人!

 何とか全員お名前は……でも、席次通りに座られているかはわからないから合っているかは自信がない……。


「実際のところ、どうなんですの?」


「えっと……殿下と婚約はしてないです。ただの友人、というか……」


 その、あまりおもしろい答えじゃなくてごめんなさい。


「ほら、やっぱり。弟の片想いですわね」


「ですけれど、私は可能性があると思っています」


「ただの友人がわざわざ私たちに会いに来ると思われますの?」


「引っかかっているのはそこですわね」


「実は体のご関係など?」


 何を真面目な顔で言ってるんですか!


「ないですないです! まだぜんぜん何も!」


「「「「「まだ?」」」」」


 一斉に前のめりになるお姉様方。


「言葉選びを間違えました。この先もずっと何もありません……友人なので……」


 怖い。

 面接されているみたい……。


「そうですの? それは弟にはっきり言ってくださったのかしら?」


 はっきり……。

 正式にお断り……はしていない。


「えっと……まだ彼のことをよく知らないので、友人としての……」


「それは可能性がある、ということですわね?」


 10個の目玉から鋭い視線が突き刺さる。


 可能性……答えを保留にしている以上、ゼロではない、けど……。

 誰か助けて!

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