第5話 アリシア、厄介ごとに巻き込まれる
ベッドで眠っていたわたしは、遠くのほうから聞こえてくる鈍い物音で目が覚める。
部屋の扉を叩く音、かな……。
「アリシア~! アリシア~!」
どうやらスレッドリーが訪ねてきたみたい。
時刻は……5時⁉
さすがに早過ぎるでしょ。何事……? まだ眠いんだけど……。
「スレッドリー殿下。いくら王族とはいえ、常識的に考えて、ご婦人の部屋を訪ねる時刻ではございませんよ」
「しかし重要な用事なんだ! アリシア~!」
「殿下は必ずそうおっしゃっておられますよ。そしていつもアリシアは迷惑そうにしています」
扉の外から、口論する声が漏れ聞こえてくる。
どうやらラダリィが止めようとしてくれているみたい。
「そんなわけないぞ。アリシアは俺の婚約者になるんだ」
「ですから。はぁあ……もう……」
扉越しにでも聞こえてくる大きな大きなため息。
それからラダリィの声のボリュームが一段上がる。
「この際だからはっきり申し上げます! そういう態度が、アリシアにどんどん嫌われていく原因なのがわからないのですか? この、鈍感殿下!」
「嫌われる⁉ 俺がアリシアにか⁉」
「そうでございますよ。私調べによると、殿下の好感度は、現在マイナス150ポイントほどに下がっています。このままでは友人としての立場も失うことになるでしょう」
「なん、だと……」
んー、ラダリィおしいなー。
この間、ご家族のことを聞いてから、ちょっとだけポイントが上がったんだ。今はマイナス149ポイントなの。ギリギリ友だちの範囲かな? ちなみに婚約に昇格となると、まあ……プラス5万ポイントくらいは必要になるよね!
「いっつもウザく絡んでは殴られて、不貞腐れて、挙句の果てにアリシアほうに謝らせて。もう最悪ですよ、最悪。もし私がアリシアだったら、殿下なんて顔も見たくないレベルだと思います。ですがアリシアはとてもやさしいので、それでも殿下の相手をしてくださっている。そのやさしさに甘えている殿下は、はっきり言って最悪の最低、ゴミ虫以下です」
おお、辛辣……。
ラダリィはスレッドリーに対して容赦がなさすぎるのよね。わたしもそこまでは……思ってないよ? しょうがない人だなーとは思っているけどね。
「俺は最低のゴミ虫だったのか……。これでは姉上たちに合わせる顔がないな……。しばらく修行の旅にでも出るか……」
「そうですね。10年ほど石にかじりつきながら精神修行でもなされたほうが良いかもしれません。アリシアもその間に良い方を見つけるでしょうし」
「それは困る……」
「今困っているのはアリシアのほうです」
「ぐぬぬ……」
ふむ。
まだ登場せずに、もうちょっとだけ泳がしてみようかな。スレッドリー、泣くかな? ラダリィに泣かされる姿も少し見てみたいかもー。
「アリシアのようにかわいくて聡明な方には、殿下よりももっと知的な方がお似合いだと思います」
「俺は知的ではないか……」
「そうですね。鏡と頭の中をご覧になったらどうですか?」
「ダメか……」
鏡は関係ないけれど、頭脳は……もうちょっとがんばれ♪
「アリシアにはやはり、白薔薇のお兄様のように、お美しくて強くて知的で奥ゆかしい方がお似合いだと思います」
出た! 白薔薇のお兄様ことエデン!
そうだ、エデンとラダリィってロイスの結婚披露パーティーの時に出会えたのかな。もし会えていたら、どんな話をしたんだろうね。わたし、あの時は料理に夢中で忘れてたよ。
「白薔薇のお兄様とは誰だ……」
「殿下は白薔薇のお兄様をご存じないのですか? 私に手取り足取りスケートを教えてくれた素敵な方ですが、ローラーシューズショーに出演なさっている大人気のアイドルパフォーマーなのですよ。そしてなんと、アリシアとはいつも一緒に働いていて、それはそれは仲の良い間柄だとか」
うわー、無意味に煽ってくるー。ラダリィ、絶対楽しんでるでしょ……。
「そんなに素敵な男なのか……。俺よりもか?」
「失礼ながら……殿下が勝てるところは1つもありません」
ラダリィ、さすがにそれは失礼すぎるよ。
スレッドリーが勝っているところもあるって。……神経の太さとか、家柄とか。あと、ご両親も立派な方だし?
「その白薔薇のお兄様とやらに会わせてくれ!」
「ご多忙の方ですから、残念ながらもう『ガーランド』にお帰りになってしまわれました。私ももっとお話したかったです。とても物静かで、私の話を真剣に聞いてくださって……本当に素敵でしたわ」
「そんなにか……アリシアは、その白薔薇のお兄様とやらと恋仲だと思うか?」
「明言されていませんでしたが、私の見立てではまず間違いありませんね。白薔薇のお兄様のお話からは、お2人が非常に親密な間柄であるという印象を受けました」
「ちょっと、ラダリィ! それは誤解よ!」
わたしは慌てて扉を開け放った。
ダメだ、これ以上黙って聞いているわけにはいかない!
「アリシア~!」
うれしそうな声を上げるスレッドリー。ええい、抱きつこうとするんじゃない! デコピンで阻止!
「わたしとエデンはそういう関係じゃないから!」
「そうなのですか? 白薔薇のお兄様のお話によると、お2人はいつもデートをなさっていると」
「してないしてない。同僚だから買い出しに行く機会があるだけだから! 仕事の一環だからデートじゃないから!」
「アリシア、顔が赤いですよ」
「こ、これは寝起きだから!」
もうカンベンしてよー。
エデンは弟みたいなものなの! そういうのじゃないんだからねっ!
「ということは……俺の婚約者に」
「「なりません!」」
ラダリィとユニゾンしてしまった。
「それでー、スレッドリー殿下? わたしに何か用事があってこんな朝から大騒ぎしていたんじゃないの?」
用事がないならもうちょっと寝たいんですけどー?
「そうだった! 姉上たちがアリシアに会いたいと言ってきているんだ!」
「ああ、五つ子のお姉さまたち?」
「今日王宮に遊びに来るという連絡があったんだ」
「今日⁉」
なんて急な……。
「それで……」
スレッドリーがわたしの顔色を窺うようにチラチラとこちらを見てくる。
はぁ。
「いいよ、会いますよ。何、プリンとか用意してお出しすればいいの?」
「それも頼む!」
「それも? ほかにも何か?」
仕込みに時間がかかる料理なら早めに言ってほしいんだけどー。
「えっと……」
挙動不審になるスレッドリー。
「またですか、殿下……。あなたって人は……」
ラダリィがスレッドリーに冷たい目を向けながら大きなため息をつく。
「またってどういうこと?」
「いつもなんですよ。殿下はグレンダン公爵夫人や……殿下のお姉様方に対して良い格好をしようとする癖があるのです。どうせあれでしょう。『俺の婚約者を紹介してやる』などとおっしゃったのでしょう?」
縮こまるスレッドリーの様子が、ラダリィの言葉を肯定していた。
おいー、何を言ってくれてるんだか……。
「裏でそんな紹介されているのを知らずに、のこのこ会いに行ったりしたら……わたし恥を掻くところだったじゃないの……」
「殿下はそういう人なのです……」
「姉上たちを喜ばせたくて……すまない……」
婚約者だって紹介されるのはさすがになー。でも、わざわざ会いに来てくださるお姉さまたちをがっかりさせるのもなー。
どうしよう、これ……。
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