第4話 アリシア、スレッドリーに興味を持つ

「ちょっとスレッドリー! いい加減、機嫌を直してよー」


 目を覚ましたスレッドリーが不貞腐れたまま一言も口をきいてくれない……。

 うるさく騒いだので寝かしつけたまま、担いでお店の外に出たのが相当気に入らなかったらしい……。


「そうだ、バニラアイスとプリンあげるよ。好きでしょ?」


 アイテム収納ボックスからバニラアイスを取り出して、スプーンでちょっとだけ掬う。こぼれないようにそっとスレッドリーの口元に持って行く。


 あーん。


 まだ怒っているのか、視線を合わせてこない。


 ほら、あーん。


 さらに口元にアイスの乗ったスプーンを近づけてやると、小さく口を開けて吸い付くようにアイスを食べた!


 お、食べた!

 じゃあもう1口。


 あーん。


 また食べた!

 へへ、ちょっとかわいいかも♡


 って、ラブコメかっ!

 こんなことをしていたらすぐに婚約にたどり着いてしまう!


 あっぶないなー。

 スレッドリー……まさかわざと……狙ってるのか⁉


 うーん。

 まだへそを曲げたまま、険しい表情をしているのに、口だけはパクパクさせてアイスをほしがっている……。


「ほしいならほしいって言え!」


「……ほしい」


 コイツ、まったく表情も変えずに……。


 そっか、忘れてたけど、スレッドリーって王子様だったね。人に食べさせてもらうとか当たり前のことなんだ。そこにテレとか、遠慮とか一切ないんだわ。


「はいはい、わかりましたよ」


 ちょっとテレたこっちが逆に恥ずかしいわ!

 それならそれで、食べさせる作業に徹しますわ。


 バニラアイスとプリンを交互に口に運んで、たまに温かい紅茶を飲ませてあげて……いや、何これ?


「わたしはメイドじゃないんだぞ!」


「ん、知っているけど?」


 スレッドリーがこちらに向きなおり、ようやくわたしと視線を合わせてくる。


「じゃあなんでずっとわたしに給仕させてるのさー。自分で食べなさいよ!」


「でも母上が夫婦ゲンカした時にはこうして仲直りするって言ってたぞ」


「夫婦ゲンカ⁉ 仲直り⁉」


 ちょっと何言ってるのよ⁉ わたしたち夫婦じゃないし!

 一応静かな公園とはいっても、少しは周りに人もいるんだから誤解されたら困るでしょ!


「ケンカした時は、交互に自分の好きなものを食べさせてあげるんだ。そうしていると、自然と仲直りできるって言ってたぞ」


「お母様――王妃様がそう言ったの?」


 王様と「あーん」のし合いっこをしてるってこと?

 なんかちょっと……うらやましいかもしれない! 年を取っても、子どもができてもそんなふうに仲直りできるのは理想的かもね。王様と王妃様なのに、なんだか温かみがあるね。わたしのパパは愛人作って出て行った糞野郎なので、そういう家庭にはちょっとばかり憧れが……。


「だいたい父上のほうが母上を怒らせてばっかりいるんだけどな」


 少し呆れたように笑う。

 まあ、王様のあの軽い感じだと、ちょっと想像がついちゃうかも。


「夫婦ゲンカってわりとよくあるの?」


「そうだな。まあ、2日に1回くらいか」


「めっちゃ多いー。思ったよりもだいぶ多いよー」


 夫婦ってそんなにケンカするものなの⁉ それってまさか離婚の危機的な状況⁉ 王様が離婚したりしたらどうなっちゃうの……。


「そうか? 不満を溜めて爆発するととんでもないことになるから、怒りは小出しにすると良いと、母上は言っていたぞ」


「なる、ほど……」


 ものすごく正論っぽく感じる……。

 夫婦事情か……。わたしが知らないことだらけだわ。前世の記憶にも両親のことがぜんぜんないもの。きっとそういう家庭に居なかったんだろうな……。

 スレッドリーは王子様なのに、すごく温かい家庭で育ってきているのね。うらやましいっていうのもあるけれど、スレッドリーがどんなふうに育ってきたのか、少しだけ興味が湧いてきたかもしれない。


「そういえば、ぜんぜん聞けてなかったんだけど、第2王子ってことは第1王子のお兄様がいるんだよね? ほかにご兄弟や姉妹はいらっしゃるの?」


「たくさんいるぞ」


 3つ目のプリンをパクつきながら言う。


「たくさん⁉ 王族ってやっぱりそうなの⁉」


 側室とかお妾さんとか。

 やっぱり八男くらいが普通なの……?


「やっぱりそうとはなんだ? 俺の兄弟は、上に姉が5人と兄が1人。下に弟が2人と妹が1人だな」


「お姉様多い! めちゃくちゃ多い! え、スレッドリーってけっこう後のほうに生まれた子どもなんだ?」


 第2王子っていうくらいだから、なんとなく上のほうで、あと弟と妹が数人かなーなんて思っていたのに、お姉ちゃんが5人⁉


「俺たち兄弟はそんなに年齢が離れていなんだ。姉上たちは今17歳で、兄上が16歳。弟たちは13歳で、妹が10歳だ」


「みんなギュッと年齢が近いのね。……ん? 姉上たちが17歳ってどういうこと?」


 お姉ちゃん5人って言わなかった?


「ああ、姉上たちは五つ子なんだ」


 マジぃ。

 五つ子ってホントにいるの……。


「すごいね。五つ子なのに、お兄様とスレッドリーまで年子で。あ、側室さんの子とか?」


「いや? 父上に側室はいないぞ。母上しか愛せないからって言っていたな」


 そ、そうですか……。仲がよろしいようで大変けっこうでございますことね。って、王妃様、10人も子どもを産んだんですか⁉ マジすごい……。


「お姉様たちとお兄様は、もうご結婚されているのよね?」


 王族は15歳の誕生日に婚約をしないといけないって掟だったはず。スレッドリーはルール無視してるけど。


「ああ、もう結婚しているぞ。姉上たちはもう王宮にはいないな」


 まあそうよね。

 それぞれ有望な貴族のところに嫁いでいかれたのでしょう。それが普通のことなのよね。15歳で将来が決まる。それが王族の定め、か。


「お姉様たちとはたまに会ったりするの?」


「ああ、わりと気軽に帰ってこられるからな。よく会うぞ。お土産もくださる。大変おいしい食べ物ばかり……」


 思い出したように舌なめずりをする。

 ははーん、これはお姉様たちに相当かわいがられているな? コイツそういうタイプか?……まあそういうタイプだよね。放っておけないというか……いけない! これ天然でやってるんだ! わたしは絶対にハマったりしないぞっ!


「じゃあ、機会があったらお姉様たちにもご挨拶しないとねー」


 何の気なしの社交辞令。

 

 というのは王族には通用しないようでした……。

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