第3話 アリシア、スレッドリーを餌付けする

「これがパンケーキか! 初めて食べたぞ!」


 スレッドリーがしあわせそうな顔をしながらパンケーキを口いっぱいに頬張っている。

 ううーん。バターも薄いし、シロップもない。砂糖を溶かしたものをちょっとだけ振りかけている絶妙に残念なパンケーキなんだけど……まあ喜んでいるならそれはそれでいっかな?


「王宮の食卓にパンケーキは並ばないのねー。ちなみに食後にはどんなデザートが出るの?」


 今後のためにリサーチしておきましょう。

 前世の記憶を頼りにしたメニューばかりをお店に出していても、いつか飽きられてしまうこともあるかもしれないし、この世界の王族・貴族の皆様の定番メニューも押さえておきたいところ。


「そうだな……。ナシやブドウ、プラムあたりの砂糖漬けが多いんじゃないか。一度だけリンゴの砂糖漬けを食べたことがあるが、あれは甘酸っぱくておいしかったな。そうだ。たまにタルトが出ることもあるぞ。タルトは好きだ!」


「なるほどね。そっち系かー。ミートパイは平民でもよく食べるし、パイ生地は広く食べられているもんね。パイ生地をアレンジして、その上にフルーツの砂糖漬けを乗せてデザートにしてるのね」


 そして、王都ならリンゴが流通しているという情報はありがたい。『ガーランド』ではぜんぜん手に入らなかったし。秋頃に買い付けに来れば、王都の市場にも並んでいるのかも?


「ほかにはほかには?」


「今言ったのはめずらしいデザートなんだ。普段は生のフルーツがそのまま出てくるな……」


「そっか。あまりバリエーションがないのね。デザートには重きを置いていないのかな……」


 スイーツ専門の料理人みたいな人はいなさそうね。王宮の調理場を使った時にも思ったけれど、調理器具が圧倒的に不足しているかなって。あれじゃ、繊細なスイーツは作れそうもないよね。普通に料理の延長線上で甘くしておけばーみたいに考えているんでしょうね。



「そうだ、アリシア!」


 スレッドリーがナイフとフォークを荒々しく置くと、前のめりになってくる。


「な、なによ?」


「先日行われたロイス嬢の結婚披露パーティーの時に出てきたあれはなんだ?」


「あれ?」


 何のことかな?


「最後に出てきたデザートだよ! 白くて冷たくて甘いのと、黄色くてプルプルしていて甘いのがあっただろ!」


 ああ、デザートのことね。

 でも王子様さ……。もうちょっと表現に気品を持たせてくださいよ……。黄色くてプルプルって。


「バニラアイスとプリンね」


「バニラアイス! プリン! あれはうまかったな~~~~~!」


「ちょっ、大声出さないで!」


 お店の中の注目を集めちゃってるから。あ、ラッシュさん……すみません。わたしたちのことは見なかったことにしてもらえますか? ええ、コイツも悪気があって尾行していたわけではないので。はい、すみません。こっちでちゃんと躾けておきますから……。


 とまあ、アイコンタクトで会話をして事なきを得たわけで。


「あれはわたしのお世話になっている『龍神の館』っていうお店で出している料理よ。まあ、作っているのはわたしだし、わたしの料理ではあるんだけどね」


「おお、アリシアのオリジナルか! まるで雪のように白く甘く、そして俺の火照った心を冷やして、冷静さを取り戻してくれる。1口、また1口と匙を持つ手が止まらない。舌の上に乗せ、しばらく待つとじんわりと溶けていき、やがて消えてしまう切なさ。また食べたい……」


 急に詩人っぽくなってるんじゃないよ……。「白くて冷たくて甘いの」って言ってたヤツはどこいったのさ? 心臓に悪いから、突然IQ50くらいあがるのやめてもらっていい?


「バニラアイスが気に入ったのね。はいはい、あとで食べさせてあげるよ」


 この間の残りもあるし、すぐに出せるけどね。


「それでプリンのほうはどうだった?」


 どうせならプリンを讃える詩のほうも聞いておこうかな。


「プリン。黄色くて甘い。匙をそっと乗せると、跳ね返してくる弾力に心躍り、癖になる。1口掬って口運べば、舌が心地良く痺れるほどの甘さ。もうほかの食べ物はいらない。そう思えるほどの感動がある。プリン。コーヒー。プリン。コーヒー。プリン。コーヒー。甘さと苦さ。無限に続く夢のような時間……」


 何言ってるの……? 料理の感想はこねくり回せば良いわけじゃないのよ? まあ、おいしかったんだなってことだけはわかるけどさ……。


「まあそうね。甘いと苦いのバランスは最高よねー。プリンもあとで食べさせてあげるわよ」


「アリシア~~~~!」


 だからそれやめなさいって!

 お店の中だから大声出さないで! ちょっ、こら! テーブルのを乗り越えて抱きつこうとするのはやめなさい!


「アリシア~~~~!」


 すみませんすみません、バカ王子がお騒がせを。


「お座り!」


 すみませんすみません、もう静かにさせましたから! どうかわたしたちのことはお気になさらずに、引き続きお食事をお楽しみください!



 ふぅ、困ったな……。

 いつの間にかラッシュさんと美しい女の人はお店から出て行っちゃってるし、この荷物はわたしが運ばないといけないのかー。


 まったく、世話がかかる王子様だよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る