第2話 アリシア、スレッドリーと飲食店に入る

「ホントさー、なんでわたしが来ないといけなかったの……?」


 と、今さら抗議してみる。

 半ば無理やりスレッドリーに連れられて、王都の中央通りにある人気の飲食店に来ていた。


「アリシア、静かに。もう少し声のトーンを落としてくれ……」


 スレッドリーの視線は、3つ先のテーブルに注がれている。

 そこにいるのは――。


「別にいいじゃないの。ラッシュさんだっていい大人なんだからさー、デートくらいするでしょ……」


 スレッドリーの視線の先にはラッシュさん。と身なりの良い女性が向かい合って座っていた。仲良さそうに、テーブルの上のメニュー表を一緒に眺めている。


「だが今までこんなことは一度も……あの人は誰なんだ」


「気になるなら直接聞けばいいじゃない。スレッドリーが聞けないなら、わたしが偶然を装って聞いてきてあげようか?」


「ダメだ! 今邪魔するのは良くない気がする……」


 何を空気読めるみたいな雰囲気出してるの? いっつもこっちの事情は関係なく、ズカズカ踏み込んでくる癖にさー。そもそもさー、こんなところまでストーキングして、人の恋路を邪魔するなんてサイテーだよ。そっとしておいてあげなさいよ。


「今声をかけないなら何? このまま尾行みたいなことするってわけ?」


 あ、すみませーん。この子牛の煮込みシチューとパンをください。それと、サラダとミネストローネスープを。えーと、それを2人前でお願いします。


「おい、何を勝手に」


「うっせ! 料理店に来たんだからちゃんと注文する!」


 それが最低限のマナーでしょうが!

 周りを見て、一番おいしそうなのを頼んでおいたから文句言うな!



「ところでさー、やっぱり納得いっていないんですけどー、なんでわたしが一緒に来ないといけなかったわけ? わたしにだって予定とか都合ってものがあるんですけどー?」


 今日はぶらぶら散歩してから、金属の買い付けにでも行こうかと思ってたのにさー。まったく、予定が狂っちゃって困るよー。


「おい、見ろ! 何か見たことないものを注文しているぞ」


「相変わらず話を聞かないヤツ……。んー? 普通にパンケーキじゃないの。あなた、見たことないの?」


「パンケーキ? どんな食べ物なんだ?」


 スレッドリーがずっとラッシュさんのテーブルを見つめたまま質問してくる。


「あのね、ちょっとはこっち見なさいよ。わざわざ付き合ってあげてるのにほかのテーブルばかり見ていたら失礼だと思わないの?」


「すまない。どうしてもラッシュのことが気になってしまって……」


 スレッドリーは素直にこちらを向き直ると、小さく頭を下げてきた。すぐにちゃんと謝れるところはえらいんだけどね……。


「まあいいけどー。それでパンケーキっていうのはね、小麦粉にちょっとだけ重曹を混ぜて膨らませるのよ。パンのイースト菌と似たようなものね」


「小麦粉? 重曹? イースト菌?」


 何のことかわからないといった様子で首をひねる。


「はいはい、王子様に料理の材料の話なんてしても無駄でしたね。とにかく、パンケーキはふっくらしていて柔らかくて甘くておいしいデザートです、ってこと。女性なら高確率で好きかな」


「アリシアも好きか?」


「まあそうねー。嫌いじゃないかな。自分で作る時はホイップクリームをたっぷり乗せるけどさすがにそれはこのお店では出てこないでしょうし」


 超高級料理でもない限りは、料理ならたいてい自分で作るほうがおいしいからね。最近はパーティーを『創作』スキルで創ったっきりだし、あまり何もしないでいると料理の腕も鈍りそう。王宮の厨房を借りて何か作ろうかなー。


「パンケーキ頼むか?」


「いやー、今日はパンケーキの気分じゃないし、別に良いかな」


「そうか……」


 スレッドリーがあからさまにテンションの下がった様子を見せる。


「なに、食べたかったの? それなら注文すればいいじゃないの」


「いや俺は別に……」


「注文するのが恥ずかしいの? 王子だから? 仕方ないなー。わたしが注文してあげるよ。すみませーん」


 王子様ってのは世話が焼けるのね。

 何でもお付きの人がやってくれそうだから仕方ないのかな。


 えーと、食後にパンケーキを1つください。シェアしたいのでお皿2枚で。あと同じく食後に紅茶を。はい、それは2つでお願いします。


「そうじゃなくて……」


「えっ、いらなかったの? 注文しちゃったじゃない……」


「そうじゃないんだ。アリシアがパンケーキ好きなら、食べて喜んでもらいたいなと思って……」


 わたしの機嫌を伺うようにじっと見つめてくる。


 もう……不意打ちはずるいって……。

 ちょっとキュンとしちゃったじゃないの……。


 あー、もう! その顔でいつまでもこっち見ないでよね! これ以上純粋な好意をぶつけてこないで……。

 

「あー、きたきた! やったー。子牛のシチューきた! 早く食べよ!」


 もうやだー。

 スレッドリーの顔、まともに見られないじゃない……。


 アチチッ。

 もうっ、舌をやけどした!


 サイアク……。

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