第八章 アリシアと王子・スレッドリー 編

第1話 アリシア、暇を持て余す

 ロイスの結婚式と結婚披露パーティーが無事終わり、2週間ほど経った。


 わたしはみんなと一緒に『ガーランド』には帰らず、ずっと王宮に留まっている。殿の国との交渉――パストルラン王国の大使としての具体的な任務の時を待っている状態だ。


 つまり――。


「ひーまー。まーひー。ひーまー」


 とくにやることもなく、暇を持て余したわたしは、毎日毎日王都の中を巡りに巡り、名所という名所の観光に明け暮れていた。

 それだけでは飽き足らず、路地裏の怪しげな露店もしらみつぶしに回って、変な食材や素材を扱っている店も見つけた! なんと、とうとう念願の鉱石を幅広く取り扱う商会も発見したのさ! ステンレス鋼の創り放題まであと少し♪ あとは鉄やクロムの産出地を突き止めて、山ごと手に入れられるか、何らかの提携契約を結べるかが鍵を握る……。

 最悪、王様をけしかけて国の権威を笠に着ればなんとでも♪ 大使の仕事を受けて恩を売っておいて良かった♡


「アリシア~! そろそろ頼む!」


「あー、はいはい。もうそんな時間なのね」


 なんとなくずっと付きまとわれるのも嫌だったので、時間を決めてスレッドリーとは毎日会うことにしたんだよね。その結果、なぜか剣の稽古にも毎日付き合っている状況になっているわけで……。まあね、スレッドリーがそれで満足しているなら、わたしは良いけどさー。


「わたしさ、剣術のスキルは持ってないんだって言ったよね?」


「ああ、聞いているぞ。ハ~ッ、セイッ!」


「だから剣術の型とか、でたらめなんだってば。甘い! よっと」


「それがどうした? えいや~っ!」


 木刀で打ち合いながら会話をする。わりとこれが日常的になりつつあるかもしれない。

 最初は力押しで剣を振るっていたスレッドリーも、それではパワーとスピードで勝るわたしには一太刀も浴びせされないことに気づいたのか、剣聖スキルを主体にして戦うようになってきた。


「だからスキルに頼りすぎると次の動きがバレバレなんだってば! そこっ!」


 スレッドリーが振りかぶる一瞬の隙を突いて、がら空きの脇腹に軽く打ち込んでやる。


「ぐっ……ぅぅぅぅ」


 木刀を取り落とし、その場にうずくまるスレッドリー。


「スキルだけに頼ってはダメって言ったよね? スキルの型を知っている人の前でいきなり大技に入ったらすぐこうなるんだよ。大技は相手の体勢が崩せて初めて決まるものなんだから、ちゃんと状況を見て」


 ってぜんぜん聞いてないな。だから成長しないんだよー。


「アリシア様。殿下はその……気絶されています」


 ラッシュさんが申し訳なさそうにしながら割って入ってくる。


「またー? 肋骨が折れたくらいですぐ気絶するのはどうかと思うよ? そんなんでこの先、初代様と同じ剣聖を名乗れるのかな」


 まったくもー。世話が焼けるんだから。

 治癒ポーションを肋骨に振りかけてやる。外傷の場合は、飲むよりも直接患部にかけたほうが効果が強まるからね。


「この人はいつになったら強くなるんでしょうね?」


「殿下も毎日努力されていますから……」


 努力ねー。まあ、わたし程度の我流剣に勝てないうちは、ラッシュさんにも遠く及ばないよねー。いっそのこと、体に何らかの改造を施しちゃう? 科学ノ進歩ニ犠牲ハツキモノデース。


「ラッシュさんから見て、スレッドリーには何が足りないと思います?」


 まずは戦いの専門家にご意見を伺いましょう。身長とか手の長さとか手の本数とかだったら伸ばしたり増やしてあげるのもやぶさかではない!


「そうですね……」


 ラッシュさんはしゃがみ込んだまま、真剣な表情でスレッドリーの顔を見つめる。


「やはり実戦経験、でしょうね」


「あー、それね。わかります。それについてはわたしも同意見です。やはり命のやり取りをしないと型通りの稽古を続けるだけになりますからね」


「はい。相手が人であれ魔物であれ、いつも同じ動きをしてくれるとは限らない。その中で常に勝ち続けなければいけない状況に身を置くことが一番の成長につながると思います」


 さすが聖騎士様。わかってるなー。


「相手が一番嫌がることをする。常勝するにはこれに尽きますからね」


 たとえばわたしが太陽拳を使ったみたいにー。


「正直驚きました。いいえ、今日だけではなく、いつもアリシア様には驚かされてばかりいます。初めてお会いした時から、驚きっぱなしです。アリシア様は底がしれませんね……」


 今度はわたしのほうに真剣なまなざしを向けてくる。


「そんなー。これは冒険者としても活動しているからわかるただの経験則ですよ。魔物とは意思の疎通ができないですけど、相手が望んでいないことはなんとなくわかるんですよね」


 弱点部位とかを見ればね。


「それは才能だと思います。目の前で対峙している相手からどれだけの情報を抜きとれるか。それが勝敗を分けることになるのですから」


「圧倒的に相手が強い時には逃げるに限りますし」


「そうですね。それも勝つための策です。その場で死ななければ勝つチャンスが巡ってくることもある。自分の実力を過信して、引き際を見誤ってはいけない……」


 絞り出すようにしてつぶやいたその言葉はとても重たかった。

 過去の経験から語っているのだとわかる。おそらく大きな失敗を……きっと仲間を失ったりした経験があるんだろうね……。


「時にアリシア様。もし、私と戦うとしたらどうなさいますか?」


 ラッシュさんが立ち上がり、スレッドリーの木刀を構えてみせた。


「えー。それは嫌ですねー。剣で戦ったら絶対負けちゃうし」


 そう言いながらもラッシュさんの弱点を探る。

『構造把握』によると、弱点部位は……ちょっと戦闘とは関係なさそう。おっと、そっか。過去の戦いで生殖能力を失って……。これは時間が経った今からじゃ治癒ポーションでは直しづらいな……。


「そうですねー。強いて言うなら、それ、ですかねー」


 足元に転がっているスレッドリーを木刀の先で示す。


「今のラッシュさんにとっての第一優先はスレッドリーでしょう。つまり、今のような状況、スレッドリーが傷ついて動けない状況なら、わたしにも戦いようがあります、って答えで良いですか?」


 味方をかばいながら戦うほど難しいことはないから。基本的に大きく場所を移動できないし防戦一方になる。剣しか使えないラッシュさんは遠距離攻撃にはひどく弱く、スレッドリーをかばうことで機動力が失われた今なら、わたしにでも簡単に仕留められるってわけー。


「参りました」


 ラッシュさんは構えていた木刀を下ろし微笑んだ。



「さてと、ご飯食べたら午後は王都をぶらつこうかなー」


 ひーまー。

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