第38話 アリシア、お散歩デートをする

「さっすが王都の市場! やっぱり規模が大きいですねー」


 執事喫茶のシノンさんと一緒に王都の市場通りを散策中だよ。

 これはデートではなくて、(ラダリィが)シノンさんにお金を払ってお散歩コースの……なんて言うの、こういうのは? ビジネスデートプラン?


「各地域の品々が集まってまいりますから、規模だけでなく質が良いものが揃うようになっております」


「たしかにどれも質は良さそう。でもすっごく値段が高いですねー。さすが王都価格!」


 あれもこれも、ガーランドで買えば半値くらいだもの。あっちの魚は北部地域では1/10くらいで売ってた!


「王都に出店できるというだけで大変名誉なことですからね。地代はそれなりにいたします」


「まあそういうものですよねー。みんな注目して集まるから、土地も物も値段が上がるのは仕方ないです。わたしもお店出してみたいなー」


「アリシアお嬢様は商売をされていらっしゃるのですか?」


「そうですねー。一応手織物の工房に籍を置いていてー、あとは料理店のプロデュースと――」


 なんとなく手広くいろいろやっていることを説明したりしてみる。

 スキルのことは伏せてね。


「アリシアお嬢様は多才なのですね。うらやましい限りです」


「ちょっと手先が器用なだけですよー」


 ナハハ。

 人から褒められるって気持ちいいですねー。


「こんなに白くて細い指先から、たくさんの物を生み出されていらっしゃるのですね」


「あ、いやその……」


 この人すぐに手を触ってくる……。びっくりするからやめれぇ。出会ったばかりの人の手をそんなに握っちゃいけません!


「失礼いたしました。アリシアお嬢様は手を触れられるのが苦手なのですね」


「えっと、その……嫌ってわけじゃなくて……突然だとびっくりするというか、その……」


 そんなに悲しそうな顔をされるとわたしが悪いみたい……。

 

「次からは先に了承を得たいと思います」


「え、まあ、それなら……?」


「アリシアお嬢様!」


 シノンさんが立ち止まり、その場で膝をつく。


「な……なんですか⁉」


 ちょっと、周りの人が注目して見ているじゃないですか! 急に大声を出したら恥ずかしいですよ!


「アリシアお嬢様。その美しいお手に触れてもよろしいでしょうか」


 りょ、了承を得ようと⁉ 律儀な人!


「よ、よろしくてよ」


「ありがたき幸せにございます」


 ちょっ! 口! 触れるって、唇なの⁉


 シノンさんがわたしの手の甲にキスをすると、周りから黄色い歓声が上がる。

 こんな往来のど真ん中で……めっちゃ注目されちゃってますって! 街の女の子たちがキャッキャしてるー! 絶対勘違いされてるって!


「シノンさん! あっち、あっちにいきましょ!」


 ここにいたらどんどん人が集まってきちゃう!



* * *


「ふぅ、ここまでくれば……」


 急に注目されるのはちょっと恥ずかしいよー。


「アリシアお嬢様。その……今のはいったい……」


「ああっ、ごめんなさい! わたしから言っておきながらいきなり手を掴んで走り出したりして!」


「いえ、それはよろしいのですが……。そちらのお履物は……」


「あっ」


 あまりに慌ててしまって、ローラーシューズを起動して逃げてきちゃった!


「えーとこれはですねー。わたしの発明品で……魔力を波に変換してその上を滑る魔道具でー」


 どこまで説明したものかな……。


「もしかして、アイススケートのようなものでしょうか?」


「あ、はい、アイススケートの地上版、みたいな感じです!」


 アイススケート認知度高いな。

 王都にも伝わっているの?


「シノンさんはアイススケートご存じなのですか?」


「はい。ラダリィお嬢様にお勧めいただいて、店の皆で慰安旅行がてら『エクリファイス』を訪問いたしまして」


「なるほどねー。ラダリィの営業力すごいな……」


「氷がなくてもアイススケートができるのですね」


 すっごい見られてる。

 靴を……。

 やってみたい、んだよね。


「ローラーシューズって言うんです。ちょっと滑ってみます? 大きなサイズの靴あったかな」


 アイテム収納ボックスごそごそ。

 シノンさん、けっこう足のサイズ大きそうだなー。これかこれ?


「ちょっとそちらに座って靴を脱いでもらえます?」



 サイズ合わせして、ひとしきり靴の使い方を説明したところ、シノンさんはあっという間に使いこなしてしまった。


 いや、執事すごいなー。

 身長も高いし、手足も長いからものすごく絵になる。かっこいいしか言葉が出てこない。チームドラゴンにスカウトしたいくらいだわ。


「アイススケートの時の感動を思い出しました。ローラーシューズも素晴らしいですね」


「喜んでもらえて良かったです。実はあのアイススケートのシューズを作ったのもわたしでー」


「なんと! アイススケートもアリシアお嬢様の発明でしたか!」


 いや、だからいきなり手を。もう慣れましたけど!


「いえ、スケート自体はわたしではなくて――」


 この辺りは説明が面倒。できればうやむやにしたい……。


「そろそろラダリィお嬢様のマッサージコースが終了するお時間ですね。お店のほうに戻りましょう」


 もうそんなに時間経ってたんだ。ちょうど話題が途切れてラッキー!


「せっかくだから、シューズを履いたまま戻りますかー」


「いいですね! 街中をスケートで滑れるなど夢のようです」


 さっきまでの執事っぽいフォーマルな感じが抜けて、ちょっと少年みたいでかわいいな。


「じゃあお店まで競争ですよー。通行人にはくれぐれも気をつけて!」



* * *


「今日はとっても楽しかったです。執事喫茶、良いところですね」


「こちらこそアリシアお嬢様とご一緒できて、とても充実した時間をすごさせていただきました。またのご帰宅をお待ちしております。いってらっしゃいませ、お嬢様方」


 わたしとラダリィは、2人の執事に見送られながらお店を後にする。


「たしかにパラダイスだったわ。執事喫茶、素敵なところね。今日はありがとう」


「行きつけのお店を紹介しただけですよ。喜んでもらえて良かったです」


 と、微笑むラダリィ。

 うん、なんていうか……ラダリィ大丈夫? マッサージコースってなかなかハードなのね? まだちょっと息が切れているし、頭から湯気が出て……。でも血行はずいぶん良くなってそうかも。

 わたしも次に行くことがあったら、マッサージコースにしてみようかなー。

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