第36話 アリシア、この世の楽園に連れていかれる

「ええ、わかりました、わかりましたとも。私が女に生まれたすばらしさを教えてあげます。少し付き合ってもらえますか?」


 ラダリィは返事も待たずにわたしの手を取って走り出す。

 

 女に生まれたすばらしさ?

 もしかして……エッチなこと?


 何を教えてもらえるのかな。ちょっとだけワクワク。……エッチな意味でじゃないよ⁉



* * *


「えっと、ラダリィ……ここは?」


 ラダリィに連れてこられたのは、商業地域ではなく市街地の外れ。1軒の民家の前だった。


「ここにこの世の楽園があります」


 ラダリィの手に力がこもる。そして汗がじんわり。

 ここが楽園? 周りの景色と見比べても、そう変わったところもないし、普通の家に見えるんだけど。もしかして、ここってラダリィの家だったりする? こんな昼間からいきなりおうちデート⁉


「さあ、入りますよ! 覚悟は良いですか⁉」


「えっ、あ、はい! やさしくしてくださいっ!」


 あの……痛くしないでね……。


 ラダリィが民家の扉をノックする。


「合言葉は」


 中からくぐもった男性の声が聞こえてくる。

 ラダリィが扉に顔を寄せ、小さな声でつぶやく。


「むやみに鞭を振るうだけでは躾は出来ませんよ」


「イエス、マイロード」


 ラダリィが謎の呪文をつぶやくと、民家の扉がゆっくりと開いた。


 え、今のやりとりは何?

 合言葉って⁉


「パラダイスへの扉は開かれました。さあ、いきましょう」


 いきましょうって……。

 ラダリィの目が血走って……すでに逝っちゃってるんですけど……。

 怖いよ……。


 躊躇していると、無理やり手を引かれて扉の中へ。

 ええ、非合法な取引場所か何か⁉ パラダイスってまさかドラッ……。



 そこは王宮……ではなく、王宮っぽい造りをしたそれはそれは豪華な玄関だった。2階までぶち抜きの天井。そこから下がる巨大なシャンデリア。ふかふかで真っ赤な絨毯に金細工の施された装飾品が壁を埋め尽くし……あ、でもこれ全部イミテーションだ。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 王宮の執事長・ボスネルさんに負けず劣らずのイケオジ執事さんがていねいにもてなしてくれた。


「今日は初めての子を連れてきたの。指名料は私のほうで払うから、うんとサービスしてあげてちょうだいね」


 指名料? サービス?


「かしこまりました。ラダリィお嬢様はいかがなさいますか?」


「私はもちろんデュークで!」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 イケオジ執事さんが下がっていく。


「ねぇ、ちょっと。ここは何? いかがわしいお店⁉」


 年齢的には成人したとはいっても、いきなりこういうお店はちょっとまだ心の準備ががが!


「神聖な執事喫茶よ! 最近ひっそりと流行ってるのよ」


 執事喫茶?

 前世でもそんな話は聞いたことがあったかもしれない、という程度の知識はある、かな。アニメにもなっていたらしいけれど、あまりそっち方面の知識はないなー。まるで貴族のお嬢様になったかのように、執事にご奉仕される、っていう設定だったかな?


「王宮に執事ならいっぱいいるじゃないの? なんでわざわざこんな民間のお店に?」

 

 どうせなら本物のほうが良いじゃない? 調度品も偽物ばかりだし。


「アリシアはわかってないですね……。あれは仕事です。王宮にいるのは同僚や先輩方ですからね、あんなものはジャガイモ同然なのですよ……」


 ラダリィはため息交じりにつぶやいた。

 同僚や先輩ってジャガイモなんだ……。虫よりはマシかな?


「それに引き換えここはパラダイスです。好きに命令しても笑顔で応えてくれる夢の空間なのです。私の命令にイケメンが付き従う。これ以上の夢がありますか⁉」


 ああ……。

 ラダリィはちょっと疲れてるのね。

 スレッドリーみたいな手のかかる王族たちを相手に毎日仕事をしているからストレスがたまりまくっていて……。


「えっと、わかったわ……。イケメンの執事さんとお茶が飲める、そういうお店ね? いかがわしくはない、と」


「お金を払えば少しくらいならエッチなことも許されます」


 うわー、それは聞きたくなかった!

 今日はわたしという初心者が一緒なので、断固ノーエッチでお願いします!


「お帰りをお待ちしておりました。ラダリィお嬢様」


 少しトーンの高い透き通るような声。後ろから話しかけられて、ラダリィが振り向く。

 

「デューク! 会いたかったわ♡」


 なんという乙女! 恋する乙女の顔だわ!

 いきなり腕なんて組んじゃって! 喫茶店、ですよね? ホストクラブじゃなくて?


「初めましてお嬢様。シノンと申します。本日は精一杯お仕えさせていただきます」


 デュークさんの隣に立つ執事さん。声も渋くてクールなイケメンだ……。

 デュークさんよりも10cmほど背が高い。わたし、シノンさんの肩くらいまでしかない……。


「えっ、と……アリシア=グリーンです。こちらこそ……よろしくお願いしまっす」


 顔が整い過ぎていてちょっと……。うわっ、笑った! 切れ長の目が細い糸みたいに! えー、ちょっとギャップー! かわいいじゃないのさ!

 背も高いし、つやつやした黒髪がセクシー……。執事喫茶すごい……。


「ご案内いたします」


「あ、最初はアリシアと一緒のテーブルでお願いね♡」


 ラダリィがデュークさんにしな垂れかかりながらおねだりするようにつぶやく。

 最初はって?


「かしこまりました。参りましょう」


 白い手袋をした手がわたしの前に差し出される。

 手を取れ、と?

 知らない男性と手を繋ぐの⁉


 ニコニコして手を差し出されたまま……。これ、手を繋がないと次のイベントが始まらないパターン?


 手を繋ぎますか?


 →はい

  いいえ

  気絶させる

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