第35話 アリシア、性別に悩む
力比べ対決。
わたしは、スレッドリーの胸を軽く押して抵抗を試みる。
えい。
するとスレッドリーの体は宙に浮き、何度か廊下をバウンドするように転がっていってしまった。10mほど先まで転がっていってから、そのままピクリとも動かなくなる。
「えっと……違います。わたしじゃありません。何も……スレッドリーが勝手に飛んでいったんです」
わたしはちょっとだけスレッドリーの体に触っただけなんです。
スレッドリーがおどけて、大げさにバックジャンプをしたんだと思います。
ラダリィがゆっくりとスレッドリーの元へ歩いていく。しゃがみ込み、状態を確認している様子。
「なるほど……。アリシアはAランク冒険者でしたね……。すみません、冒険者のステータスの差というものを少々甘く見ていたようです。殿下程度の虫けらでは、Aランク冒険者のパワーに抵抗できるはずもなかったですね……」
ラダリィは小さくため息をついてから立ち上がると、動かなくなった虫けら(スレッドリー)の腕を抱えて、そのままずるずると引き摺りながらこちらへと戻ってくる。
えっと……転がっていった時に頭とか打ってると思うんですけど、そんな乱暴に動かしちゃっても平気ですか?
「頭脳もパワーも遠く及ばず、戦闘センスでも勝ち目はなしです。どうしますか? こんなゴミ、脈なんてありませんよね?」
虫けらからゴミに格下げされてしまった。もはや無機物扱い……。
「いや、別にそういうことじゃ……わたしよりずいぶん弱いんだなーってことはわかりました、よ?」
「この状態でもまだチャンスをいただけるんですか? もしかしてアリシアはダメ男が好きなんですか? それともこんなゴミでも王子だからですか?」
「いや……ダメ男も王子も別に好きなわけでは……」
だけどラダリィ。わたしより弱いからって、即ダメ男ってわけじゃないと思うよ? だってわたしよりパワーがある人って言ったら、ガーランドのギルドマスターの熊さんくらいしか会ったことないし……。≪銀の風≫のタンク・ズッキーさんはまあまあパワーがあったけど、それでもたぶんわたしと同じくらいかも。今はどうかなー。でも、ズッキーさんももうすぐ結婚だもんねー。いや、だから、わたしより力が強い人と結婚したいわけじゃない、よ?
「アリシア……まさかと思いますけど、異性から『好き』と言われたのが初めてだから、自分も好きになったほうが良いかもしれない、などと思っているのではないですよね?」
ドキッ。
無意識にそう思ってしまっていた、かもしれない……。
10年……15年生きてきて、んーん、前世から数えたらトータル30年以上、面と向かって誰かから「好き」と言われたのは初めてだから。しかも初めての友だちから……。もうこんなことはこの先二度とないかもしれない。だから……。
「もう告白されることは二度とないかもしれないから、この機会を逃したくない、そんなふうに思っているわけではないですよね?」
ラダリィはエスパーなの?
「だまされないでください!」
えっ⁉ わたしだまされていたの⁉
「『お前を愛しているのは俺だけだ』そんな言葉にだまされてはいけません。そんなわけないのです。出逢いなんていくらでもあります。そうやって自分の評価を自分で下げて、安売りしないでください」
「安売り……」
そんなつもりはなかったんだけど……。
「いいですか、アリシア。よく聞いてください。15歳で成人を迎えた瞬間、とくに女性が成人を迎える瞬間とは、人生において最も注目を集める瞬間なのです」
つまり今が最も……。モテ期?
「仮成人の時に手を出そうものなら法律で罰せられてしまいますから。王族や貴族ですと、内々に話が進んでいたりする場合もありますが、基本的にはどんなに美人でも成人するまでは遠巻きに見守られるだけです。それが成人を迎えた瞬間に法的な守りがなくなります。その瞬間、ずっと機会をうかがっていた虫たちが一斉に集まってくるのです。それはもう、たくさんわらわらと」
「虫って……」
ラダリィは男に恨みでもあるのかな……。
「私のような身分の者でも、毎日5人や10人の虫が集ってくるほどです」
「すごい……ラダリィはそんなに告白されるの?」
選びたい放題だ!
ラダリィモテすぎ! もしかして、美人過ぎない美人だし、ほどよくおっぱいが大きいから? もしかして「オレでもイケる感」がある、とか⁉
「少々誇張しました。多い時で1日数人ということはありました。普段は1週間に数人くらいです」
「えーそれでもそんなに? わたしなんてぜんぜん声かけられたことないよ……」
やっぱり胸なの⁉ 胸のサイズがものを言うのね⁉
ラダリィはメイド服の上からでもわかるくらいしっかりとあるし……。
「アリシアはおそらく……隙がなさすぎるのが原因かと」
あー、それはちょっと気になってた……。
みんなから好かれている自信はあるにはあるんだけど、それは異性としてではないっていうか……。やっぱり『暴君幼女』なんて呼ばれて恐れられているっていうのもあるし、普段はプロデューサーとして気を張っているから、隙があったら困るし……って、わたし、15歳になってからまだほとんど男の子と会話したことなかったんだった! チームドラゴンを除けば、ちゃんとお話した男の子って、スーズさんのところのケビンくんくらい?
「それとAランク冒険者に声をかける度胸を持っている男となると、相当絞られてくるのかもしれないですね」
まさかこの指輪がわたしの恋路を邪魔していたとは!
くっ、抜けないっ!
「とはいえ、アリシアに告白してくる男が、この先スレッドリー殿下以外に現れない、なんてことはありえません。こんなにも美しくてお強いんですから。私が男だったら絶対に放っておきませんよ」
そんな褒めないで♡
もう! ラダリィが結婚してー!
でもきっとダメかな……。ラダリィはわたしとは結婚してくれなさそう……。男の子が好きそうだもんね。
「えっと……ちょっと変なこと聞いてもいい?」
「なんですか?」
「ラダリィは……女の子同士ってどう思う?」
「それは……恋愛的な意味でですか?」
「うん……」
聞いちゃった!
引かれるかな……。
「アリシアはそっち、ですか? だからスレッドリー殿下になびかないと」
「いや、そうじゃなくて客観的な! あくまで一般論として!」
「一般論……。そ、そう、ですね……。そういう方がいらっしゃるという話は聞いたことがあり、個人の自由ですし否定は申し上げませんが」
すごく言いにくそう。わたしを傷つけないように、一生懸命言葉を選んでいるって感じ。
まあ、そうだよね……。普通の感覚ならナシか……。
「うーん。わたし、生まれる性別を間違えたのかなー。男になったらもっとモテるのかも」
前世は男の子だったんだし、ミィちゃんに頼んで男に生まれ変わるっていうのも1つの手なのかもって、ちょっと真剣に悩む。
「男になりたい⁉ アリシアは何を言ってるんですか! ええ、わかりました、わかりましたとも。私が女に生まれたすばらしさを教えてあげます。今から少し付き合ってもらえますか!」
ラダリィは未だ意識が戻らないスレッドリーを廊下の脇に寄せて打ち捨てると、わたしの手を取って走り出した。
あれはあのままでいいの? 仮にもこの国の王子様なのに……。
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