第34話 アリシア、力比べ(抱きしめられ対決)をする

『わたしのことが好きならもっと本気見せろよ!』


 うわー、自分で言ってて恥ずかしすぎるっ!

 わたしってば何様なのよー!


「ご、ごめん! 調子に乗りました! 今のは忘れて!」


 穴があったら入りたい……。

 

 そうだ!

 2人の記憶を消しちゃおう!


 物理で記憶を飛ばすか……薬品で記憶を飛ばすか……。


「アリシアの真剣さ……受け止めさせていただきました。お2人の勝負、このラダリィが預からせていただきます!」


「え、勝負って?」


「決して悪いようにはいたしません。いいですね⁉」


 ラダリィがわたしの両肩に手を置きながら、鋭い眼光を向けてくる。あ、これ、マジなやつだ……。


「いいって言われても……。ちょっとスレッドリーなんか言いなさいよ!」


 と、首を伸ばしてラダリィの頭越しにスレッドリーのほうに視線を向ける。


 え、何、その目……。「ラダリィが言い出したら聞かないんだ」みたいな目をして、あきらめてんじゃねー! だからダメ王子扱いされるんでしょうが!


「話を整理します。スレッドリー様はアリシアのことが好き」


 お前はそこで赤くなるな。何度も言われているわたしのほうが恥ずかしいわ!


「失礼しました。言葉が足りませんでしたね。『アリシアのことが好きで好きで仕方がなくて、好き好き好き好きちゅっちゅっちゅっ。アリシアアリシアはぁはぁはぁはぁガーランドに行きたい住みたい会いたい結婚してくれ~アリシア~!』という騒音を毎夜毎夜まき散らしていらっしゃる。間違いないですね?」


 ラダリィさん真顔で……。それはさすがに間違いであってほしいんですけど……。マジ引くわー。


「一方アリシアのほうは、スレッドリー殿下のことをその辺を飛んでいる虫同然に思ていてまったくもって眼中になし」


「いや、さすがにそこまでは……。一応友だちですし?」


 自分のことを好きだって言ってくれる人なので、一応どんな人なのかは気になっていますよ?


「頭脳も力も戦闘能力も劣っている虫の羽音などうるさくて仕方がない」


「だからそこまでは思ってないって……」


「どれか1つでもアリシアの認める水準に達することができたら、人として認めてやってもいい、と。そういう状態で間違いないですね?」


「間違いだらけなんだけど……。まあ、スレッドリーがどんな人なのかわたしは知らないし、なんでそんなにわたしのことを気にしてくれるのかってことは知りたいかな」


 そうじゃないと良いも悪いも言えないからね。


「それでは状況の整理が終わりました。スレッドリー殿下!」


「は、はい!」


 声が裏返っちゃってるよ……。ラダリィにビビりすぎ。


「私が思うに、殿下はダメすぎます」


「はい……」


 とことんプライドを叩き割っていくスタイル。

 スレッドリーがドMならあるいは……。あれ? そういえばドMだったわ。


 構造把握……なるほど?


 ラダリィにめちゃくちゃ言われている間に、精神的な師弟関係みたいになっている、のね? ラダリィの言うことを全面的に信頼している……変な関係!


「おそらく殿下が頭脳でアリシアに追いつくのは500年あっても厳しいでしょう」


 そんなに差が……? ホントに?


「そうなると、純粋なパワーか、戦闘スキルで上回るしかありません」


 ホントに?

 ほか何もないの?


「筋肉はウソをつかないと言われますが、訓練嫌いのスレッドリー様にはそれも厳しいと思われます」


 そこは訓練ぐらいしとけ。


「ですがアリシアも細腕の女の子ですから、筋力アップポーションを飲めば殿下でも力づくで組み伏せることが可能かもしれません。最悪既成事実を作ってしまうという手もあります」


 ラダリィさん、それは最低な考え方ですよ。

 スレッドリーも、「その手があったか!」みたいな顔をするんじゃないよ。王族の品位はどうしたのさ?


「戦闘能力についても、武器なし、魔道具なしの正々堂々の戦いであれば、体格差で勝る殿下に分があるやもしれません。スピードアップポーションなどを仕込んでおきますので準備はお任せください」


 正々堂々はどこいった?

 奇襲作戦ばかりのわたしが言うのもなんだけど、ラダリィは見かけによらず、勝利のためには手段を択ばないというか、相当汚い手も涼しい顔で提案してくるのね。敵に回しちゃいけないタイプだわ……。


「まずは今のお2人の実力差を知っておきたいです。少々組み合っていただいてもよろしいですか?」


 ラダリィがわたしとスレッドリーの顔を交互に見る。


「組み合う、とは?」


 腕相撲とかですかね?


「お互い正対していただいてですね。もう少し近づいて。体が触れるか触れないかくらいです」


 え、これは恥ずかしいんですけど。

 顔と顔の距離が10cmもないよ……。身長さが少しあるから、スレッドリーの唇がわたしのおでこにくっついちゃいそうなんですけど。


「殿下はアリシアの腰に両手を回してください」


「こう、か……?」


 遠慮がちにスレッドリーの手がわたしの腰に添えられる。手が震えているのが伝わってきて、こっちが緊張してしまうんですけど……。


「アリシアは少し頭を下げて、殿下の胸に両手を置いてください。そのまま体重を預けるようにもたれかかってください」


 いやいやいや。

 何この状況?


「お2人とも、とてもいいですよ! 素晴らしいです! 最高でございます!」


 ちっとも良くないんですけど⁉

 完全に抱き合ってる感じになっちゃってるんですけど⁉

 心臓が! スレッドリーの心臓の音が聞こえちゃってるし、わたしのも聞かれてるかも⁉


「ラダリィ⁉ これのどこか実力差を見るテストなの⁉ 勝負はどこ行ったー⁉」


「すみません、つい興奮してしまい……。勝負はここからです。殿下はアリシアを決して離さないようにしてください。腰に回した手をほどかれないように力を込めて。アリシアは殿下から離れるように抵抗してください。胸に置いた手を突っぱねるようにして振りほどいて距離を取ってください」


 なるほど?

 抱きしめられ続ければスレッドリーの勝ち。

 突き飛ばして離れられればわたしの勝ち。


 変な勝負だけど力の差を見る、ってことかな。


「それでは始めてください」


「始めてくださいって、なあ……?」


「なあって言われても……」


 耳元でスレッドリーの声が聞こえてドキッとする。

 少しトーンの高い声と吐息が、わたしの鼓膜をくすぐってくる。


「まあいいよ。そっちは本気で抱きしめてみなよ。わたしもちょっとだけ抵抗するし。王子の面子もあるだろうし、手加減はしてあげるから」


「言ってくれるじゃないか。さすがに力では負けない自信はある。アリシアを守るパワーくらいはあることを見せないとな」


 わたしの腰に回された手に力がこもり、スレッドリーの体に向かって抱き寄せられていく。


 その距離0。

 さっきよりも腰と腰が完全に密着し、誰がどう見ても抱きしめられている状態。


 うわっ、はっず!

 思ったよりも恥ずかしい!


 でもなんかちょっと良い匂いがするし、抱きしめられるって悪くないかも……。


 ってちがーう!


 今は勝負だからちょっとは抵抗しないといけないんだよね。胸を少し突き飛ばして見せればいいのかな。


 えい。

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