第33話 アリシア、ブチ切れる

『あなたのことをよく知らないから、知る時間がほしい。知ってから返事をしたい』


 よーし、ミィちゃんにもらったアドバイス通りにがんばってみるぞー!

 これでもしスレッドリーが怒りだしたら、その時はその時だよね! お互いにすっぱり諦められるだろうし、それこそミィちゃんを頼って逃げればいい!


 善は急げ!

 王宮に戻るぞー!


 ビシッと言ってやるのだ!



* * *


 とまあ、意気込んで王宮に戻ってみたけれど、こんな時に限ってスレッドリーが見つからない……。

 やみくもに探しても、王宮ってば建物がいっぱいあるし、敷地も広すぎてぜんぜん見つからないよ! うーん。スレッドリーの魔力がどんなだったか覚えていないから探知もできない……。



 小一時間ほどグルグルと王宮内を探したわたしは――。


「仕方ない。とりあえず貴人の間に戻るか……」


 執事長のボスネルさんにでも聞いてみればいいよね。もしくはその辺にいるメイドさんを捕まえればなんとかなりそう。


「って……えっと……これは……?」


 貴人の間――わたしが泊まるお部屋の入り口前に……なんかいた。


『反省中』の看板を背負ったスレッドリーが正座させられていた。メイドのラダリィが隣に立ってずっとぶつぶつと説教をしているところみたい……。


「これって……どういう状態?」


「ああ、アリシア。おかえりなさい。乙女の気持ちをこれっぽっちも理解できていないダメダメ王子に、何がダメなのかを細かく教え込んでおりました」


「ごめんなさいごめんなさい……俺はダメ人間です……ダメ王子です……」


 ああっ、スレッドリーの目から光が失われている! なんかすでに完全に心を折られてるっぽい⁉


「いいですか? ほとんど初対面の異性に対して馴れ馴れしい態度を取るなんてありえませんよ? 王子だからって何をしても良いと思ってるんですか? 権力ですか? 権力を笠に着て、こんなにも美しい女性を好き勝手しようとしているんですか? 汚らわしい! 最低ですね。ああ最低王子です! 私はこんな最低な王子のもとで働いていたんですね。恥ずかしくてもう表を歩けないです。あーあ。王宮にお仕えするなんて名誉なお仕事だと思っていたのにひどいですね」


 すごい……容赦がなさすぎる。

 わたしと話をしていた時のラダリィは、あれでもずいぶん猫をかぶっていたのね……。このまま放っておくと、スレッドリーがへこみ過ぎて、床に埋まってしまうんじゃないかな……。


「あのー、ラダリィさん? それくらいにしておいてあげても……」


「いいえ、まだまだです。ぜんぜんわかっていないんですから、この際はっきりと教えておかなければいけません」


 ダメだ……。わたしには止められそうもないよ……。ごめん、スレッドリー。なんとか耐えて……。


「いいですか? 殿下が15歳の誕生日を迎えてから、しばらく経ちますよね。それなのにいまだご成婚……ご婚約どころか、側室の1人も作らず、『アリシア様、アリシア様』と毎日毎日飽きもせずエロ妄想をぶちまけて……。国のことを考える王族なら、私情よりも優先すべきことがおありだとは考えないのですか?」


「エロ妄想って……。ねぇ、ラダリィ。王族が15歳の誕生日を迎えると何かあるの?」

 

 ロイスは貴族だけど、15歳になって成人したら政略結婚しなきゃ、みたいなことを言っていたっけ……。


「この国では王族が成人を迎えるその日、誕生日に婚約を発表し、速やかに子を成すことが慣例となっているのです。それは第1王子でも第2王子でも変わらない、ある意味で義務となっています。それなのに、スレッドリー様はずっとその大切な発表を引き伸ばしてここまできてしまっていて、みな頭を抱えていると聞いています」


「俺は父王に許可をいただいている! 俺はアリシアと結婚したいのだ! ほかの誰もいらない。アリシアがいいのだ!」


 スレッドリーは顔を上げ、わたしの目をまっすぐに見てそう言った。

 決して心は折れておらず、生気の漲るまっすぐな目で。


 そんなに本気でわたしのことを……。


「あの時からずっと……ずっとだ。お前の気高さ、知識の豊富さ、聡明さ、それに追いつくために努力してきた。いつしかこの気持ちが尊敬だけではないとわかったんだ……」


 スレッドリーの想いを初めて直接聞いた気がした。

 だけどきっとスレッドリーは、わたしのことを過大評価しているんだと思うの……。たしかに前世の記憶を引き継いでいるから、この世界にはない政治の知識や価値観を持っているかもしれない。でも、ただそれだけだから……。


「しかし、先の模擬戦では全く歯が立たなかったな……所詮、俺なんかがお前に追いつけるわけなかったのだ」


「あれは違くて! わたし、剣技とかぜんぜんだから、いつも奇襲ばっかりで……スレッドリーが真剣に立ち会おうとしているとは思ってなくて……卑怯な真似をしてごめんなさい……」


 まともに打ち合ったら普通に負けると思うの。

 わたしはあなたが思っているほど手の届かないところにいるような特別な存在ではないから。


「立ち合いに正々堂々も卑怯もない。俺は負けたのだ。アリシアに婚約を申し込む器ではなかったのだ」


 えっ、あの模擬戦ってそういう意味だったの⁉

 そんなこと言ってたっけ⁉


 わたしがAランク冒険者だから、「ちょっと手合わせしてくれ」っていう軽いノリじゃなかった⁉ ウソ、わたしだけ理解できてなかったの⁉


「付きまとってすまなかった……。ラダリィの言う通り俺はカスで取るに足らないダメ人間だ。こんな俺がうろちょろしていたら迷惑だろう。時間がかかるかもしれないが、この気持ちに蹴りをつけてすっぱりと諦めることにする」


 スレッドリーは正座をしたまま目をつぶり、深く頷いた。


 あれ? わたし、今振られた?

 正式に婚約を申し込まれる前から「自分には釣り合わない」って、今そう言われた? 5年もわたしのことだけを想ってきて、模擬戦で負けたからってあっさりと引き下がる? その程度ってこと?


「ふざけんな! そんな簡単に諦めないでよ!」


 突然の大声に、スレッドリーもラダリィもポカンとしていた。


「わたしのことが好きならもっと本気見せろよ! 何度も挑んできなさいよ! そもそもわたしがいつ強い男と結婚したいって言った? わたしのこと何にも知らないくせに、簡単に結婚したいとか言わないでよ!」


 はぁはぁはぁ。

 言っちゃった……。

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