第32話 アリシア、ミィちゃんの神殿(in王都)を訪れる

 このままだとスレッドリーが婚約を申し込んできちゃう!


 王族が婚約を申し込んで来たら、断っても平気なの? 

 もしかして死刑? 国外追放?


 ああっ、どうしよう!


 別にアイツのことはキライってわけじゃないけど、まだどんなヤツかほとんど知らないし……。だってさ、たった半日一緒に街を巡っただけなんだよ? それでひさしぶりにあった瞬間に婚約って、話が急すぎる! アイツは5年半の間に勝手にいろいろ想いを巡らせたのかもしれないけどさ……。わたしにとっては、「この間変なヤツに会ったなー」くらいの感覚だよ? 温度差がありすぎる……。


 恋愛の温度差……。


 そうだ! こんな時はミィちゃんだ!

 愛の女神様なら適切なアドバイスをくれるはず!



* * *


「というわけなのよー。わたしどうしたらいいのかわからなくて……」


 道行く人に片っ端から声をかけ、ミィちゃんの神殿(in王都)に到着。

 前に並ぶ3人の礼拝を待ってから、ようやくわたしの番が回ってきたところなのでした。


「それはそれは、おめでとうございます」


 ミィちゃんが微笑みを浮かべたまま何度か小さく頷いている。


「ええっ、おめでとうじゃないよ! 困ってるのよー!」


「アリシアもようやく愛を見つけましたね」


「そんなのわっかんないよー。別に好きになったわけじゃなくて、友だちだよ?」


 しかもぜんぜんどんな人かも知らないの。


「スレッドリー王子は大変素直でまっすぐな良い方ですよ」


「ミィちゃん、スレッドリーのこと知ってるの?」


「もちろんです」


「そっか。女神様だし、国民のことは誰でも把握してるんだもんね……まっすぐで良い方かー。まあ、そうなんだろうなとは思うけどー」


 初めて出逢った時の印象、お付きのラッシュさんの接する態度、そして王宮で働いているラダリィの話。

 バカがつくほどまっすぐで……そんなの絶対良いヤツじゃん……。


「いいえ、そうではないのです。スレッドリー王子はこの神殿によく顔を出され、礼拝をされていますので、どんな方なのか存じ上げているのですよ」


「そうなんだ? アイツもミィちゃんの信徒かー」


 顔に似合わず愛の女神の信徒なのね。顔は……ちょっとだけかっこよくなってたけどさー、でも王族だから、戦いの女神――スーちゃんの信徒だと思っていたわ。


「スレッドリー王子はスークルの信徒ですよ」


「えっ、やっぱり? じゃあなんでミィちゃんの神殿へ……?」


 なんか嫌な予感しかしない。


「はい、今アリシアが想像した通りです」


 うわー、ミィちゃんがめっちゃニヤニヤしてるぅ。

 ここにも敵がいたなんて!

 わたしの味方はどこなの⁉


「アリシアが私の信徒だと知ってからは、それはもう~毎日のように話を聞きにいらっしゃいました。アリシアは今は何をやっているのか、どんな食べ物が好きなのか、好きな男性はいるのか、どうしたら振り向いてもらえるのか、と」


 うわぁ……もう聞いていられないよ……。

 なんでそんなにわたしのことを? たった一度顔を合わせて、少し説教しただけなのに。


「そのことがスレッドリー王子の中では、とてもとても大きな出来事だったのですよ。アリシアには想像もつかないくらいにね」


「うぅ……。わたし、どうしよう……」


「それはアリシアが決めることですよ」


「それはそうなんだけど……」


「それでは愛の女神が、愛する信徒に向けて少しだけアドバイスをしましょうか」


 ミィちゃんがわたしの手を取る。

 そして手のひらをそっと撫でてきた。


「何に困っているのか、それを1つずつ分解することで答えが見つかるかもしれませんよ」


「分解……」


 どうやって?


「まず絡まってしまっている根幹の部分。一番大きな問題からです。スレッドリー王子に婚約を申し込まれると困るのはなぜでしょうか?」


「困る……なぜ……」


「アリシアは断りたいのですか? スレッドリー王子のことが嫌いですか?」


「そうじゃないの……。好きか嫌いかもわからない。みんなの話を聞いたら良い人だなってのはわかるんだけど、わたし自身が彼のことを知っているわけじゃないから……」


「アリシア自身がスレッドリー王子の人となりをよく知ることができれば、婚約を申し込まれても困らないということですか?」


「たぶんそう……なのかな。お受けできるかはわからないけど、答えは出せる……んだと思う」


 他人から聞いた情報だけでは怖い。やっぱり自分の目で見て感じてから、その人はこういう人なんだなって向き合いたい……んだと思う。


「スレッドリー王子はそうは考えていないようですね」


「というと……あ、そうか。ミィちゃんやラッシュさんに話を聞いて、わたしのことを知って、それで婚約を申し込みたいと……」


 価値観の相違。

 行動力も違うのかもしれない。


 そういうのって違っていたらうまく行かないのかな……。


「人はみなそれぞれ個性があります。スレッドリー王子は初対面の印象と他の人たちの話を聞いて確信を得ただけのことです。アリシアは自分で直接得る情報が足りていないから結論を出せずにいる。それでいいじゃないですか」


 握られた手に力がこもる。


「みんな違っていてそれでいい……?」


「そうですよ。ですが、ただ逃げ回っていても何も解決しません。堂々と、『あなたのことをよく知らないから、知る時間がほしい。知ってから返事をしたい』と伝えれば良いのですよ」


 堂々と伝える、か。


「そんなことをして、不敬罪になったりしない?」


「なるかもしれませんね」


「えっ」


「もしその回答が不満で、アリシアのことを処罰しようとするなら、そういう方、というだけではないですか?」


「そういう方……でもわたし、処罰されちゃうんじゃ? 死刑?」


「アリシア。私はあなたの勇気ある行動による結果を黙って見過ごしたりしませんよ」


 ミィちゃんが守ってくれるなら大丈夫だね!


「……ありがとう。わたし、がんばってみるね。まずはアイツのことを知ってみたい!」


 わたしの答えに満足したのか、ミィちゃんは握っていた手をそっと離した。

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