第31話 アリシア、王宮での噂を耳にする
「この大通りから右に曲がっていくと市街地です。左に曲がると市場やお店が立ち並ぶ商業地域があります。まずは商業地域をご案内しますね」
わたしはラダリィに案内をお願いし、王都を見て回ることにした。
「アリシア。それにしても、さきほどの――」
「それは言わないで!」
ラダリィが言いかけたのは、王宮脱出までのあれこれについてだ。
どうしてもスレッドリーと顔を合わせたくないあまり、わたしは曲がり角という曲がり角で立ち止まり、次の通路までの安全を確認しながら歩くという、不審極まりない行動を取っていたわけで……。
「やましいことは何もないの! でも、これには海よりも深い事情があるの!」
「お客様の詮索はいたしません」
スン、と無表情に戻ると、ビジネスライクな微笑みを浮かべるラダリィ。
打ち解けてきたと思ったのに距離を置かれた⁉
って違うか、距離を置いたのはわたしのほうね。でも、このことを話したとしても、「王子様に求婚されるかも⁉」なんて妄想もたいがいにしろって思われるよね……。事実だって主張しても、じゃあ何で知ったのかっていう話になるだろうし、そうなっても『構造把握』スキルのことは絶対に言えないし……。
「言えないわけじゃなくて……事情が複雑というか……」
「アリシア様がお話になりたいと思われましたら、お話しいただければよろしいかと存じます」
ああっ! とうとう様付けまで戻された!
「ちょっと王宮で会いたくない人がいるってだけで……その……たいしたことじゃなくて……」
ごにょごにょ。
「もしかして、スレッドリー殿下のことですか?」
「えっ、なんで⁉」
まだわたし、何もそれっぽいこと言ってないはずなのに⁉
「ああ、やはりそうなのですね。それならそうとはっきり言ってくださったら良かったのに」
途端、ラダリィの表情が砕け、口元を覆って笑い出す。
「やはりってなによー?」
「すみません。王宮では私のような下仕えの者でもしょっちゅう耳にするような、あまりにも有名な話でしたので、つい」
ラダリィは「笑いを堪えられない」といった雰囲気でニヤついた口元を隠す。
王宮で有名な話って、いったいどういうことなの……。
わたしが王宮に来ることになったのって、つい最近、王様から勅命が下ったからだよね。それって、住み込みのメイドさんの中で話題に上がるほどの大ニュースなわけ?
「私がこちらにお世話になり始めて5年ほどになるのですが、私が働きだしてすぐの頃からでしょうか。それまで遊んでばかりのスレッドリー殿下が、急に真面目に勉強されるようになりまして」
おっと、それは……。
「どうやらスレッドリー殿下に大きな影響をお与えになった人物がいらっしゃるらしいと王宮内で一大ニュースとなりました。それは偶然街で出会った同年代のご友人だということで。殿下が毎日毎日、そのご友人のすばらしさ、賢さ、美しさについて誰彼かまわず語られるものですから、もう、ね」
うへぇー。自分のことをこうも美化して話されると、背筋がむずがゆいんですけど……。
まったくやめてよねー。恥ずかしすぎる……。
「それってさ……やっぱり……わたし、のことだよね……」
「もちろんアリシアのことですよ。昨晩も『明日アリシアが王宮に到着するらしい。やっと会える。うれしい』と、踊りながら大声で触れ回っておいででしたから」
あいつ恥ずかしすぎる……。
「ラダリィは最初からわたしのことを知っていて……?」
「もちろん存じ上げておりました。王子殿下のおっしゃる通り、聡明でお美しくて、イメージ通りの方でしたのですぐにわかりましたよ」
「もう、からかわないでよ! ニヤニヤしてー!」
まったく顔が熱いわ……。
「殿下とはもうお会いされたのですよね? ご婚約の儀はいつ執り行われるのですか?」
「婚約って! わたしたちはただの友だちですし……」
なによ、その目は!
くっ……。
「殿下がいろいろとご準備されていたようですのでつい……下仕えが出しゃばったマネをいたしました」
恭しく頭を下げるラダリィ。
もう! 顔と態度がぜんぜん合ってないっ!
「いろいろって……ホントに何も……。決闘を申し込まれただけなんだけど……」
「決闘、ですか? 婚約ではなく?」
「だーかーらー。わたしが『冒険者をやってるー』って言ったら、『手合わせ願いたい』って」
それを聞いてラダリィが大きくため息をついた。
「殿下ったら……肝心な時にポンコツであらせられるんですから……。失礼いたしました。肝心な時だけでなく常時ポンコツでしたね」
シンプルに罵倒してる……。
やっぱりアイツって身内から見るとそういう評価なのね。まあ、それはラッシュさんの態度を見ればそうか。昔からぜんぜん変わってなさそう……。
「剣を交える中で友情を確かめ合い、それが愛情へと変化して?」
「えっと、一瞬で倒してしまったので……」
なんかごめん。
妄想乙女のラダリィが好きな展開と違っていて……。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
うわっ、でっかいため息!
「ちょっと殿下に説教してきます! このまままっすぐ行けば商業地域ですから、あとは適当にお1人で見て回ってくださいますか⁉」
「えっ?」
待って――と声をかける隙もないまま、ラダリィはローラーシューズを起動すると王宮のほうへと消えていった。もう完璧に使いこなしている……。
「説教……」
ラダリィが説教する。
スレッドリーがポンコツじゃなくなる。
何が何でも告白してくる。
わたし婚約するの⁉
これってまずい展開なのでは?
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