第30話 アリシア、美少女のロングブーツを脱がせる

「その時スケートを教えてくださった『白薔薇のお兄様』は、スケートのショーに出演されているというお話をされていました。アリシアはスケートのショーというものをご覧になったことはありますか?」


 白薔薇のお兄様って……完全に昔のイメージだけでエデンが美化されていく!


 このまま結婚式に突入したら、ラダリィはエデンのことを見て、ほぼ間違いなく『白薔薇のお兄様』だって気づくよねー。5年でほんの少しだけ大人びたとはいっても、たいして見た目も変わっていないし。

 そうなったら、「やだ、これって運命の再会⁉」みたいな異常な盛り上がりを見せる気がしてきた……。


 事前に情報を入れておくことで気持ちを下げておく? うーん、でもそれってわたしがすっごく嫌な子みたいじゃない? ラダリィの恋路を邪魔したいわけじゃないけど……そう! エデンは女の子が苦手だから! これはエデンのためなのよ!


 やっぱりちゃんと言おう!


「えっとね……たぶんだけど、『エクリファイス』にスケートを伝えたのはわたしだわ……」


 ここは素直に全部ぶっちゃけちゃおう。

 あくまでもエデンのためにね!


「5年も前だから記憶があいまいなんだけどー、スケート靴をたくさん置いていったのはたぶんわたしかなーと……」


 そこまで言い切ってから、ラダリィの表情を盗み見る。

 うーん、そこまで驚いている様子もなさそう? ラダリィは視線を紅茶のカップに落とし、ゆったりとした動作でお茶を口に含んでいる。


「えっと、ラダリィの話を総合すると……『白薔薇のお兄様』っていうのは、たぶんわたしの仲間かなーって……」


 ラダリィがカップをテーブルに置き、浅く一呼吸入れてからわたしのほうを見てきた。うっ、鋭い眼光!


「……お会いしたいです」


 声小っさ。早口で声小っさ。


「私……『白薔薇のお兄様』にもう一度お会いしたいですっ!」


 声デカい! 耳壊れるわっ! 音量調節下手かっ!


「わかったわかった!」


「あの時、スケートを教えていただいた時のお礼を言いたくて!」


「えーと、そうねー。まあ、あれはわたしの指示だったし? エデンは覚えていないかも?」


 少しずつ期待のハードルを下げていかなければ……。


「エデン様! エデン様とおっしゃるのですね!」


 しまった。エサを与えてしまったー!

 めちゃくちゃ期待に満ちた目で……恋する乙女の瞳が眩しいよぉ。


「わたしたちね、普段はローラーシューズショーというのをやってるのよねー。わたし、ショーのプロデュースをやっていて、エデンはそのメンバーの1人なの。ほら、これ。氷の上ではなくて地面を滑るの」


 立ち上がって、ラダリィに自分の靴の裏側を見せる。


「ブレードの代わりにローラーがついているのですね。氷がなくても滑れる……不思議です」


 ラダリィの関心がローラーシューズのほうに向いたようで、イスから立ち上がってわたしの靴を繁々と観察しはじめる。


「魔力を波に変換して、その上を滑るイメージかなー。こんなふうに!」


 実演。

 調度品には決して触れないように、細心の注意を払いながらテーブルの回りをスピンしながら滑って見せる。


「本当にスケートみたいですね! 素敵です!」


 ラダリィが手を叩いて喜んでくれている。

 これはなかなかの好感触!

 

「ラダリィはスケートが滑れるんだよね? ローラーシューズも興味ある? 靴なら用意できるから試してみない?」


「いいんですか⁉」


「もちろん! 今履いているブーツを脱いでもらっていい? ちょっと足のサイズを確認するからわたしが脱がすね」


 と、ラダリィの前にしゃがみ込んだ。

 再びイスに腰かけたラダリィの黒いロングブーツに手をかける。足をちょっと上げてもらって、くるぶしまであるエプロンドレスの中に手を差し入れていく。ゆっくりとブーツを引き抜いて脱がせていくと、ほっそりとしたラダリィの生足がお目見えする。素足のメイドさん……なんだかいけないことをしているような背徳感……。

 

「ラダリィは靴下って履かないの? このブーツ、ちょっとサイズが合っていなさそうね。かかとが靴擦れしちゃってる」


 真っ白くて細い足に、靴擦れの跡が痛々しい。

 

「靴下、ですか?」


「こういうの。持ってない? あったほうがいいよー。あ、これ? わたしがデザインしたの。あげるからぜひ履いてみてー」


 龍の刺繍が入った白いレースのニーハイソックスを足の指先に引っ掛けてあげる。

 つま先とかかとの部分は強化済みだからすぐに破れたりはしないよー。


「ありがとうございます!」


「あ、ちょっと待って」


 そのままニーハイソックスを履こうとするラダリィを止め、かかとに治癒ポーションをちょっとだけ振りかける。痛いの痛いのとんでけー。


「傷が! 傷が治っていきます!」


「みんなには内緒だよー。わたし、冒険者もやってるからね。こういうポーションも常備してるの」


 丹念に足のサイズを確認。

 ふむふむ。

 柔らかい……。指も1本1本形を丹念に確認して……プニプニしていてかわいい。足首が細くて……ちょっとだけふくらはぎをハムハムしたい……けれどガマン!

 うーん、足の裏がちょっと固い……やっぱりブーツが合ってなさそうかなー。ブーツの内部構造を少し調整して、ラダリィの足のサイズに合わせてクッション材を入れてーと。これで今後は靴擦れが起きにくくなるでしょう。



「ニーハイ履けた? じゃあこっちのローラーシューズも履いてみよう」


「はい! ありがとうございます! この靴、とても柔らかい……」


 ローカットのスニーカーに足を差し入れて、ラダリィが目を丸くする。

 まあそうよね。普段こんなに重たい皮のブーツを履いていたら、そのスニーカーはまるで天使の羽根みたいな軽さと柔らかさでしょう。


「わたしの特製シューズだからね! さ、立ち上がって一緒に滑ってみましょう」


 魔力を流し込むイメージで、ってあっさり1人で滑れるのね。

 さすがスケート経験者!


「滑らかで、まるで氷の上を滑っているみたいです! それよりも滑らかかもしれません!」


 うっとりとした表情でスピンし続けるラダリィ。わたしも隣で同じように回り始める。


「ローラーシューズもなかなか良いものでしょ?」


「ええ、とても!」



 執事長のボスネルさんが呼びに来るまで、わたしとラダリィはローラーシューズでのセッションを楽しむのでした。


 調度品に傷なし、ヨシ!

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