第29話 アリシア、メイドさんとお茶をする
「そうなんですね。アリシア様は『ガーランド』からおいでになられたのですね」
「そうなんですよー。王都には初めて来たんですけど、『ガーランド』からわりと近いですね。もっと早く来てみれば良かったなーと。ラダリィ様はどちらのご出身なんですか?」
「私に様付けなどなさらないでください。私のことはラダリィとお呼びください」
「じゃあわたしのこともアリシアと」
顔を見合わせて笑い合う。
ふっと肩の力抜けるのを感じる。お互いにかしこまって話過ぎていたみたい。2人とも平民なのに背伸びしちゃっていたかな。
「じゃあ改めて。ラダリィ、出身はどこなんですか?」
少し温くなった紅茶のカップに口をつける。
猫舌のわたしにはちょうどいい。
「私は北のほう出身なのです。『ガーランド』よりはずっと小さな街なのですが、『エクリファイス』という街で生まれ育ちました」
「『エクリファイス』ですって⁉ わたし、一度訪れたことがありますよ!……5年ほど前に」
つい最近、とは言えない。
感覚的にはこの間なんだけど……うん、正しい時間軸では5年前ってことになるんだよね。
「なんと珍しい! 何もない街ですのに。気温が低く、あまり農作物も育たないため、男たちは1年の内半分くらいの期間は出稼ぎに行ってしまうのですよ」
「あー、たしかに。わたしが行った時も冬の初め頃だったんですけど、湖が凍ってましたね……。やたらと女性や子どもばかりだなって思ったのはそういう事情からでしたか」
そういう事情なら仕方ないね。陰気臭い街だなって思ったという第一印象は伏せておこう……。
「大きな湖があることくらいしか特徴のない街なんですよ。それも1年の内半分くらいの間は凍ってしまっていて……でも、そうですね、ちょうど5年ほど前にどこかの旅人の方からもたらされた『スケート』というものが街興しになりまして」
ブフォ!
思わず紅茶を吹いてしまう!
す、スケート……5年前って!
「アリシア? 大丈夫ですか?」
ラダリィは立ち上がり、流れるような動作でわたしの口元を拭ってくれる。
「あ、ありがとう……それでスケート?」
「ええ、『スケート』はご存じですか?」
おっと、この質問……なんて答えるべきか。
うーん、うーん、「知らない」っていうのは完全にウソだしなー。ここは無難に……。
「えーと、まあ、そうね。一応聞いたことはある、かなと?」
「『ガーランド』にも伝わっているんですね! 寒い地域でだけ楽しめる遊びということらしく、靴の下に取り付けた包丁に乗って、凍った湖の上を滑るんです」
「へ、へぇー……おもしろそう、ですね」
「旅人さんがいらっしゃるまでは、凍ってしまった湖は漁もできないし、美しくもないから観光で訪れる方もいなくなってしまうし、冬は悲しい季節だったんです」
ラダリィが静かに立ち上がり、目を伏せながら、目の前のスコーンに手を伸ばす。わたしのと、自分のお皿にそれぞれに1つずつ取り分けてくれた。
「でもあの時の感動ったらなかったですね。こうやって片足に体重をかけて、靴の包丁でス~ッと滑ると、風を切るみたいにスピードが出るんですよ」
ラダリィによるスケートのエア実演。
もっと足を上げてー!
「もしかして、ラダリィってその旅人さんたちと会ったり?」
「はい! 運よくその場に居合わせて。それはそれは美しい雪の妖精のようなお兄様に手取り足取り教えていただいて――」
おや……ちょっと頬を赤らめたラダリィさんの回想が始まって……。
『構造把握』!
はい。そうですよね……美しいエデン……って、それはさすがに記憶が美化され過ぎ! 誰よこれ⁉ 白い薔薇とか口に咥えてなかったでしょ!
でも危なかったー。わたしが直接指導した子ではなかったみたい。
ふぅ、スコーンおいしい……。
もそもそしてるから無限にお茶が飲めるわ……。
「『白薔薇のお兄様』にもう一度お会いしたいな……。たしか南のほうから旅をされていたとお聞きしたような。どこの街から来られたのか聞きそびれてしまって……」
「そ、それは残念ですね!」
あ、このあとロイスの結婚式にエデンが来る……。
ということは、どう考えてもラダリィとエデンは顔を合わせることになりそう。
つまり「あの時の『白薔薇のお兄様』!」「なんと! ボクがスケートを教えた美しい子!」「ずっとお慕い申し上げておりました!」「なんと! 実はボクもずっとキミのことが!」「「好き♡」」という展開に⁉
ラダリィって笑顔がかわいいというか、そばにいてくれたら安心する存在よね。さすが王宮で働くメイドさんって感じ。包み込むようなやさしさがあるし、少し話をしたらエデンも好きになっちゃうだろうなー。
うーん、モヤる。
「たしかスケートのショーに出演されるお仕事をしていらっしゃるというお話だったような……アリシアはそういったショーをご覧になったことはありますか?」
えっと……。
うぉ……。
どう答えたらいいんだろう。
ごまかす?
正直に話す?
あー、どうしよう⁉
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