第28話 アリシア、王宮内を爆走する

 どうしようどうしよう。ぜんぜん考えがまとまらないよ……。


 なんでいきなりスレッドリーがわたしのことを……。

 

 ラッシュさんの話を鵜呑みにするなら、隷属の腕輪事件の時に想像以上に懐かれてたってことなのかな。毎日わたしの話をするって相当だよね……。


 でもさでもさ! あの時、『友だち』って言ってたじゃない!

 初めてできた異性の友だち……ちょっと良いなって思ってたのに!


 ひさしぶりに会えた友人のことを、急に恋愛対象として見られるわけないよ……。


 はぁ……、アイツ、国王様の謁見の場とかにも出てくるのかな……。

 今はちょっと会いたくない……。


「あ、アリシア=グリーン殿……」


 とりあえず泊まる部屋を確認したらすぐに外に出かけよう。

 王宮内でばったり出くわしたくないし……。


「アリシア殿……」


 ん?


 ああっ!


「ごめんなさい! ちょっと考え事をしていて!」


 ゴリラ騎士団長を引き摺ったままローラーシューズで王宮内を爆走してた!

 

 慌てて止まり、騎士団長の手を離して頭を下げる。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


「いえ、私は大丈夫です……。先ほどのスレッドリー殿下との立ち合いといい、私を引っ張り回すパワーといい……さすがAランク冒険者殿ですな。ハッハッハ」


 笑い声に合わせて、ゴリラの分厚い胸板が震えていた。

 ぜんぜん気にしていない様子……。おおらかで助かります。


「あまり目立ちたくないので、先ほどのことがどうかご内密にお願いします……」


「心得ました。殿下のご友人でもあり、スークル様のお客人でもあられますからな。もちろん承知しておりますとも」


 ゴリラウィンク☆

 貴様、心はイケメンか!

 あれ……でもさっきまでよりもちょっと言葉がていねいになってる……。距離を置かれた? 気のせいかな?


「少し前に通り過ぎてしまったが、ご滞在時に利用いただくお部屋はこちらです」


 ゴリラ騎士団長は、さっきローラーシューズ爆走中に通り過ぎてしまった道を戻るように歩き出した。わたしも今度はゆっくりと歩いて後ろをついていくことにする。


 貴人の間ってどんなところかなー。ベッドふかふかかな?

 国賓待遇ってすごそうだけど、どんな待遇なんだろう。お料理食べ放題とか?


「到着しました。あとは頼む」


「かしこまりました」


 部屋の前に控えていた年配の執事さんが貴人の間の扉を開けてくれる。


「私はこれで失礼いたします」


 ゴリラ騎士団長は一礼すると、踵を返して去っていってしまった。ここまでありがとう。また会う日まで。


「アリシア=グリーン様。どうぞ、ご滞在中はこちらのお部屋を自由にお使いください」


 執事さんに促されて部屋に足を踏み入れる。

 やばい……。

 何がやばいって……まずはこの部屋広すぎる。 『龍神の館』の1階大ホールよりも広いよ。


 それに家具調度品が豪華すぎて、何に触れても壊してしまいそう……。

 これは本格的にやばそう……。


「え、わたし、ここに1人で……?」


「もちろんでございます。申し遅れました。わたくし、執事長のボスネルと申します。アリシア=グリーン様のお世話を務めさせていただきます。わたくしのほかにも、幾人か控えておりますので、ご用命があれば近くの者に遠慮なく申しつけてくださいませ」


 おふっ。執事長様とは……。

 チラッと部屋の外を見れば、いつの間にかかわいらしい女性のメイドさんが続々と。1、2、3、4……いったい何人いるの⁉


「えっと……」


 戸惑っていると――。


「失礼いたしました」


 ボスネルさんが深々と頭を下げてから、後ろのメイドさんたちに目配せする。するとすぐにメイドさんたちの姿が見えなくなってしまった。その数秒後に現れたのは若い男性の執事さんたち……。


「いや、別にメイドさんが気に入らないってことではなくて……」


 むしろ同性のほうが安心するというか。いや、別に若い執事さんも天使ちゃんたちで見慣れているからどっちでもいいですけど……。


「さようでございますか。もし気に入った者がおりましたら、遠慮なくおっしゃってください」


 気に入った者? それって、どういう意味⁉

 ううん、深くつっこまないでおこう……。ナニモキカナカッタ。


「長旅でお疲れでしょう。お茶をお淹れいたしますので、どうぞおくつろぎください」


 奥のテーブルにつくように促される。

 すぐに運ばれてくるティーセット、そしてケーキスタンド……来るわ来るわ! いったいどれだけ運んでくるつもりなの⁉


「あの! わたし、貴族ではなくて平民の娘なので、作法とかわからなくて!」


 こういうことは先に言っておくに限る。

 無礼者って思われるくらいなら、先に恥をかいておこうと思う。


「作法などお気になさる必要はございませんよ。お茶は好きなようにお楽しみにただくに限ります。好きなものを好きなだけお召し上がりください」


「そう、いうものなのですか……」


 ティーカップとソーサーは一緒に持つとか持たないとか、そこにお茶をこぼして啜るとか。なんかいろいろな知識があって、どれが正しいのかわかりませんけど!


 うーん、と迷っていると、ボスネルさんが声をかけてきた。


「もしよろしければ話し相手として……ラダリィ、こちらへ」


「はい、ラダリィにございます」


 ボスネルさんに呼ばれて、ひときわ若い女性のメイドさん――ラダリィさんが前に出る。わたしと同じ年くらい?


「ラダリィをお茶の相手としてご同席させていただくというのはいかがでしょうか?」


「一緒にお茶を? わたしの話し相手、になってくださるのですか?」


「はい。ラダリィは住み込みで働いておりますが、平民出身ですし、アリシア様と歳も近い。緊張されていらっしゃるようですから、もしよろしければぜひ」


 わたしはぼんやりとラダリィさんを見つめてしまう。

 化粧っけのない顔。絶世の美女というわけではないけれど、美人と言って差し支えない整った顔立ち。身だしなみもきちんとしていて清潔感があり、安心するかもしれない。


「お願いしてもよろしいでしょうか……?」


「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 にっこりと笑うラダリィさん。


 何この安心感。

 はぁー、癒されるわ……。

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