第38話 アリシア、ナタヌを目覚めさせる

「体がポカポカします……」


 ナタヌの頬が紅潮していた。

 ありったけの補助アイテムを装備したもんね。これで装備各種とアクセサリーの効果によって魔力が満たされている状態になっているはず。

 体内で過剰に魔力が生成されていてMPが飽和状態を維持していると、なぜか魔力の質が一段上がる。理由はわかっていないけれど、一定量以上の魔力が体内で生成されると、余剰分が凝縮されていく、みたいな? 数値には表れない純度みたいなものが上がる、という表現がしっくりくるとは思う。わたしもその状態は経験済みー。ヒューマンステージがネクストレベルに行く、みたいな?


 一度体内の魔力の質が上がるとそれ以降高い質を維持したままの魔力生成に切り替わっていく。そしてこれまでよりもスキル行使によるMP消費が減るのよね。たぶんだけどそうなることで、より高度なスキルを使うことができるようになる、と思う。Lv0の顕在化していないスキルの顕在化にも寄与する、かもしれない?


「自分の体をめぐる魔力を意識してー。内なる自分との対話をするのよー」


 目を閉じて、もう1人の自分と語り合うのよ。

 そうすると次第に見えてくる……。体の中に眠るスキルの存在が……って、なんとか浜田の『完全マスター! 今日から使えるチャクラ☆マル秘テク』って本に書いてあった!


「あれ? 何か……」


 ナタヌが目を閉じたまま、上を見上げて杖を何やらもぞもぞしている。

 お? チャクラ来てる⁉


「み、見えました!」


 カッと目を見開くナタヌ。

 杖の宝玉にまばゆい光が集まっている。


「おし、いけ! ナタヌ!」


「『セイクリッド・フォース』」


 ちょっ、ナタヌ! そのスキルじゃないっ!

 

 杖の宝玉がより一層光を増し、一気に収束。一筋の光となって放たれる――執務室の壁が吹き飛んだ。


「あ、ああああああああああ!」


 杖を抱きかかえたままオロオロするナタヌ。

 

『セイクリッド・フォース』

 

 それは、プリーストが放つ攻撃系スキルの1つだ。聖なる光を物理変換した衝撃属性の攻撃。燃えるとも違う、物理的な衝撃波によって広範囲を破壊することができる。

 ただし、MPをけっこう消費するので、連発はおすすめしないですよ。


「やっちゃったね……。見事に壁が崩れ去っちゃったー」


 執務室の壁は、わずかに縁を残して消え去り、今は隣の大部屋へとつながっていた。なんていうか、部屋が広くなったね……。


「部屋の中で『セイクリッド・フォース』はやめようねー。なんていうか、そっちじゃないやつ?」


「え、あ、はい! えーと……『ホーリー・ノヴァ』!」


「ちがーーーーーう!」


 うわああああ! 本が本が! 書類が燃えてる!


「水、水ー!」


 アイテム収納ボックスからホースを取り出して辺り一面に水をぶちまける。消火活動だー。お酒造り用に調整しておいた大切なお水が……。


「ナタヌ……天然?」


「違います! 新たに取得したスキルが多すぎて把握できていないんです!」


 顔を真っ赤にして否定する。

 しっかり者に見えて抜けてるところがあるほうが男の子にはモテるらしいよ? ほら、わたしみたいに完璧だとさ、近寄りがたいんだってー。隙があるほうが安心するらしいって……どこかの偉い人が言ってた!


「アクセサリーの効果すごいねー。眠ってたスキルがあらかた顕在化してるみたいじゃない?」


 ダメもとで試してみただけなのに、こんなに簡単にスキルを呼び起こせるとは……『完全マスター! 今日から使えるチャクラ☆マル秘テク』はホントにマル秘テクだった!


「でももう攻撃系のスキルはやめてね? このままだと孤児院なくなっちゃうよ?」


「はい……」


 泣きそうなナタヌ。

 他人の失敗を見ているとゾクゾクする……。あれ? なんだろう、この気持ち……。もしかして恋?


「今度こそ!『ヒート・プロテクティブサークル』」


 わたしを対象とした魔法スキル行使。

 一定時間、火や炎系の魔法に耐性を得るようになる。


「そうそう、そういうやつー」


 杖の補助もあってか、たくさんの魔法スキルを連続で使っているにもかかわらず、MP枯渇が起きていない。なかなか……激烈に優秀だ! この子は歴史に名を遺すプリーストになるのでは⁉


「でも新しいスキルを試すのは、それくらいにしておこうか。そろそろ状況を知りたい……だけど迎えが来ないね」


 なんかあったのかな。

 外?

 施設内?

 どこで何が起きたのか。

 それくらいは早く知りたい。


「暴君! すぐに来てくれ! うわっ、これはひどい……まさかすでにここにも敵が⁉」


 執務室の入り口から飛び込んできたのはマッツ。ワカメヘアから汗を滴らせ、息を切らしていた。


「これはあいつがやりましたー」


 ナタヌを指さす。

 わたしが暴れたんじゃないからね?


「ってそんなことより、ここにも敵って何? さっきの爆発音は、まさか魔物が?」


 まさかね。

 ここは街のど真ん中だし、魔物が現れてたまるものですか。


「ああ、新種……ワイバーン、らしい……」


「ワイバーン⁉ 飛竜ってこと⁉」


 そんなのこのパストルラン王国にいたっけ⁉


「しかもかなりの個体数が……」


「被害状況は⁉」


「不明だ。街の建物がいくつか倒壊しているらしい。ソフィーさんたちが救助に回ってる。俺たちもすぐに行くぞ。ナタヌと言ったか。『ハイヒール』が使えるんだろう? 一緒に来てくれ」


「はい!」


 ナタヌが力強く返事をする。杖を握りしめる手には力がこもっていた。


「場合によっては、ワイバーンの群れと交戦になるかもしれない。覚悟しろ」


 さあ、行こう!

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