第35話 アリシア、ナタヌを餌付けする

 オーナーさんの考えはだいたい分かったから、次はナタヌ自身の気持ちを確認しようかな。それ次第では、わたしが一肌脱ぐこともやぶさかではない!


「ナタヌと直接話をしたいので、少しだけ席を外していただくことはできますか?」


 オーナーさんがいると話せないこともあるでしょう。気を遣ってしまっては意味がないからね。


「わかりました。ナタヌを呼んでまいります。何卒何卒よろしくお願いいたします」


 しばらくの間深く頭を下げてから、オーナーさんは執務室を後にした。


「今の話どう思います?」


 ソフィーさんと2人きりになったところで作戦会議。


「う~ん。仮成人を迎えていない子を働かせるのは絶対に無理よ。お店の認可が取り消されてしまうもの」


「ですよねー。って、ちゃんと認可受けてたんですか⁉」


 驚きー!

 趣味で男児を囲い込んでる人じゃなかったのね!


「私のことを何だと思ってるのよ。これでも準男爵をいただく身よ? セドリック……ガーランド伯爵様のご推薦もあって、特例認可を受けて天使ちゃんたちを雇用しているのよ?」


「ほぇー、特例認可! って、ソフィーさん準男爵だったんですか⁉ 貴族様⁉」


「準男爵は貴族ではないわよ。特例認可を受けるために必要なので与えられた肩書というところね」


「難しくてよくわかりませんけど、それだけの功績を上げているってことですよね?」


「自分で言うと照れ臭いけれど、ある程度、国には貢献しているわよん♪」


 ソフィーさんは少し顔を赤くしながら指でポリポリと頬を掻く。


「かっこいい! 準男爵! わたしも爵位を目指そうかなー」


「そういう目標を持つのは良いと思うわよ。この国は世襲制での爵位も大切にはされるけれど、功績を上げた者に正当な対価を与える仕組みも整っているから、アリシアのように才能のある若者には決して悪くない国だと思うわ」


 正当な対価、ねー。

 商売でも剣術でも戦略でも何かに秀でられたら認められるってことなのかな。


 たとえば『賢者の石』の探求とか?


 と、ドアがノックされる。


「失礼いたします。ナタヌ参りました」


「どうぞー。お入りください」


 わたしの返事を待ってから、ナタヌが引き戸を開けて執務室に入ってくる。

 先ほどの案内の時とは違って、少し緊張している様子。


「わざわざありがとうね。ナタヌ自身の話を聞きたいだけだから、緊張しないでね? 座って少しお話しましょう」


 イスを引いてあげると、ナタヌは遠慮がちに浅く座った。


「はい、失礼いたします」


 うーん、硬いな……。

 そうだ、食べ物で釣ろう!


「ナタヌは甘いもの好き?」


「え、はい。好き……だと思います」


「思う? もしかして、あんまり食べたことないのかな?」


「たまにいただくサツマイモは甘くてとてもおいしいです」


 そ、そっか……。

 加工品や砂糖菓子なんて手に入るわけないよね。

 当たり前のように聞いてしまってから、わたしたちの生活とナタヌの日常に大きな隔たりがあることに気づき、罪悪感で心が痛んだ……。


 食べ物で釣るなんて浅はかな考えをしてごめん。

 でも、嫌がっても食べさせる!

 とにかくお腹いっぱい食べさせる!

 ナタヌがなんて言おうとも、どんな答えを出そうとも、わたしの目が黒いうちはもう飢えさせたりはしないからね!


「アリシア、急に涙ぐまないで。暴君の目に涙なんて怖すぎてナタヌが怯えているわよ」


「初対面の子の前で暴君って言わないでください! 変なイメージついちゃうでしょ! それにナタヌはわたしに怯えてなんていませんー! ソフィーさんがレインボーの髪でオークみたいにめちゃめちゃ体がでかいから怖がっているだけですー!」


「まっ、失礼な! これはオシャレよ! 怖くなんてないわよね~?」


「あ、オークが威嚇してる! 怖いわねー?」


「えっと、その……」


 しまった。

 いつものノリで! あー、ナタヌを困惑させてしまっている!


「というのは冗談で! 真面目な話にもどりましょう! ね、ソフィーさん!」


「そ、そうね。脱線してごめんなさい。私たち、いつもこんな感じでやっているから、ついね♡」


 初対面の女の子にはきつい流れですよねー。

 というわけで、今の流れは一旦忘れてもらってー、まずはお近づきのしるしに乾杯から始めましょう♪


「よいっしょ、と。まずはこれでも飲んで、親交を深めましょう。わたしたちのお店、『龍神の館』がある街『ガーランド』の名物。ガーランドレモンを使った、『ガーランドレモンスカッシュ』っていう飲み物なの」


 アイテム収納ボックスから冷えたレモンスカッシュのボトルと、グラスを3つ取り出してテーブルに並べていく。


「ガーランドレモンスカッシュ?」


「炭酸……シュワシュワする空気が入っていて、のど越しさわやかな飲み物よ! 季節的にはちょっと寒いかもしれないけど、街の名産品を試してほしいなって」


「あり、がとうございます……つめたっ!」


「グラス冷えてるから気をつけてね、ってちょっと遅かったかな。下のちょっと細くなっているところを持ってね。そうすると冷たくないから」


 失敗失敗♪


「はい、じゃあわたしたちの出会いに、カンパーイ!」


「乾杯♪」


「か、カンパイ!」


「あ、そのストローで飲み物を吸ってね」


「この細い棒ですか?」


「そう、それがストロー。こうやってチューって!」


「チュー」


 うひっ、かわいい! 口に出してチューって言ったよ♡ 素直! 11歳のナタヌ! 年上なのになんてかわいいのかしら♡


「しゅわっ! 酸っぱ……おいしい……」


 ナタヌの目が真ん丸。驚いた顔もかわいい! すっごく美人ってわけじゃないのに不思議な魅力がある。きっと磨けば光る逸材よね。んー、このままお持ち帰りしたいな……。


「おかわりはたーくさんあるからどんどん飲んでね。あ、でも炭酸はすぐお腹いっぱいになっちゃうから、こっちのお料理も食べてほしいし、ほどほどにね」


「お料理、ですか?」


 レモンスカッシュがおしかったからか、期待を込めた目でこちらを見てくる。まるでエサを待つ小動物! めちゃくちゃに餌付けしたいっ!


 自慢の一品たちをアイテム収納ボックスから取り出し、テーブルの上に所狭しと並べていく。


「やっぱり甘いものが良いよね♪ まずはこれ! お店の大人気商品『ももクレープ』よ!」


「クレープ……? あ、まい……甘いです! あまーい!」


 あまーーーーーい!

 ももクレープは、フレッシュな桃をざく切りにして並べて、砂糖で煮詰めて桃ジャムをたっぷりかけて、あとはこれでもかってくらいに生クリームをホイップした贅沢な一品ですからね。

 このクレープはね、とくにご婦人方に大人気商品なのですよ。ただし、夏季限定だから残念ながら今の時期はお出ししていませーん。


「次はこっちね。カスタードプリン!」


「甘い! 下の黒いところがちょっと苦い。でも上の黄色いところが甘いです!」


「そうでしょうそうでしょう。苦くて甘い、永遠ループが楽しめちゃうの! 次はこれ、ガーランドレモンパイ!」


「レモンスカッシュの? え、甘い! 甘酸っぱいです!」


「そうなのよー。レモンもね、砂糖漬けにすると甘酸っぱくてまた違ったおいしさがあるでしょう♪」


「おいしいです! どれも初めてです!」


 出したら出しただけうれしそうにパクパクと食べてくれる。

 よーし、ナタヌのお腹をはちきるぞー!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る