第34話 アリシア、孤児院の経営状態を確認する

 施設全体の案内と、子どもたちの紹介も終わり、わたしとソフィーさんは一度オーナーさんの執務室へと移動する。

 アークマンたちには、ナタヌと一緒に子どもたちと遊んでもらっているよ。


「どうぞそちらへお座りください。お茶を準備します」


 執務室に入り、着席を促される。


「ありがとうございます」


 硬い木製のイスに座り、思案する。

 どう話を切り出そうかな。


「アリシア、聞きたいことがありそうね。遠慮なく言ってみなさい?」


 と、ソフィーさん。

 うーん、遠慮なくと言われましても、どこから話したらいいかなー。


「何か気になる点ございましたでしょうか?」


 ティーカップを2つ、テーブルの上に置きながらオーナーさんが尋ねてくる。


「えーと、ですね……」


 どうしようかなー。ちょっと話づらい……。


「遠慮しても仕方ないわよ。気になったことを、いつものキレたナイフみたいにズバッと確認なさい」


 ソフィーさんに背中を叩かれてせき込んでしまう。

 バカ力! しかもキレたナイフって! わたしのことを何だと思ってるんですか!


 でもまあ……そんなに言うなら聞きますけどね!


「それじゃあわたしが一番気になっていることを! この孤児院はナタヌがいなくなっても大丈夫だと思いますか?」


 はい、ズバリ切り込みましたよ。


「そう、ですね……そのことはいずれ聞かれると思っておりました……」


 オーナーさんが目を閉じて小さく頷く。


「今回のお話をいただいてから、ずっと考えていたことです」


「まずはオーナーさんのお考えをお聞きしたいです」


 それからナタヌ自身の気持ちを聞きたい。


「はい。現在の当施設の経営は非常に苦しい状態にあります。21名の子どもたちを保護しており、常駐の職員は私と妻の2名です。昼間だけ勤務してもらっている職員が3名の交代制。夜間だけの職員が4名の交代制です」


 わりとちゃんとしている印象。

 もっと少ない人数で回しているのかと思っていたよ。


「施設の維持にかかる費用のほとんどが人件費となっていて、これ以上職員を増やすことはできない。しかしそれでも乳児がいる現状ではまったく手が足りていない状態です」


 そうなんだ。赤ちゃんの世話って大変なのね……。思っていたよりも厳しい状況みたい……。


「本来であれば、さらに医療費などが大きく乗っかってくるところですが、昨年ナタヌがいただいたギフトスキルのおかげで、その費用が抑えられているという現状があります。そのおかげで何とかやってこれている。これが正しい現状認識です」


 オーナーさんのため息が深くなる。


 限界。

 口にはしないけれどそういう状態なのだろうと思う。よく見ればオーナーさんの肌艶は良くないし、疲労が顔ににじみ出ている。


「となると、ナタヌがいなくなると、非常に厳しそうですね……」


「ええ、たしかにそうです。そう……思っていました」


 思っていた? 過去形?


「ですが、ナタヌにはナタヌの人生があります。ましてや彼女は当施設の職員ではない。私個人としては、ナタヌには外の世界に出てほしいと思っています」


「すばらしいお考えだとは思います。しかし、現実問題そんなことはできないのではないですか?」


 4歳からここまで育てた娘のようなナタヌに、しあわせになってほしいと願う親心。それはホントにすばらしい理想の考えだとは思う。でも、いなくなったら施設つぶれちゃうよ?


「ここからは誠に勝手な希望を申し上げたいと思いますがよろしいでしょうか」


 わたしは答えず、ソフィーさんのほうを見る。


「ええ、どうぞ。まずはお考えを聞きましょう」


「ありがとうございます。ご提示いただいている給与と当施設への入金を考えると、ナタヌ以外に5人を雇っていただければ、新たな職員の雇用と、医療費などの工面でこの先ギリギリ経営が成り立つ計算なのです」

 

 ナタヌを除く20人のうち、5人を採用する? あれ? でもここにいる子たちのほとんどが10歳未満の子どもたちじゃ……。


「失礼ですが国の法律はご存じのはず。仮成人前の子どもを働かせることはできません。この施設には仮成人を迎えた者は何人いるのでしょうか?」


 ソフィーさんが口を挟む。

 そうですね、非常に重要なポイント! 法律に違反するような提案は受けられないし。


「はい。ナタヌ以外で言いますと、ニス、ランガ、ディストの3名でございます」


「5人には届きませんね……」


 さすがに法律は破れない……。2人分のお給金の差は大きいよね……。それも3人が天使ちゃんとして採用できる人物だった場合、なんだけどね。


「来年仮成人を迎える子も3人おります。何卒……」


「とおっしゃられましても……」


 泣きつかれてもどうしようもできない問題……。

 ソフィーさんも邪険にできず困り果てている様子だ。


 んー、まあでも、懐事情はなんとなく把握できたかな。オーナーさんの話はここまでってことにしておこう。

 

「次はナタヌに話を聞きましょう。具体的な話はそれからですね」


 まったく何ともできない問題ってわけでもないしなー。肝心なのはナタヌ本人の気持ちでしょう。とにかくこの話はそれ次第でしょ。

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