第33話 アリシア、孤児院を訪問する

 わたしたちはソフィーさんに連れられて、街の外れにある孤児院を訪ねていた。つまり今回の目的地に到着だー!


「ようこそおいでくださいました。どうぞお入りください」


 孤児院のオーナーさん直々のお出迎え。やさしそうなおじいさんですねー。あ、後ろにはおばあさんもいた。ご夫婦で経営なのかな。


「今年は雪の降り出しが例年よりも早くて大変でしたね」


「ええ、本当に……。途中、天候の回復を待つために急きょ『バルオッティ』に滞在してしばらく時間を食って到着が遅れてしまい……」


 ソフィーさんが申し訳なさそうに頭を下げる。

 予め伝えていた予定から5日遅れでの到着ですからね。この天候だし、オーナーさんには心配かけてしまいました。


「無事に到着されてなによりです。宿はどちらに? まだ決まっていなければこちらに滞在されるのも良いかと思いまして」


「先にギルドに寄って宿を紹介してもらっていまして。お気遣いありがとうございます」


 なるほどー。

 孤児院に泊めていただくっていう手もあったのね。そのほうが長く触れ合えるし、どんな子たちがいるのかわかって良かったのかも。次からは孤児院に泊めてもらうのも良さそうね。


「でしたらお食事など! お疲れでしょうからまずはゆっくりしていただいて!」


「いえ、普段通りで大丈夫ですよ。失礼ながらこちらの経営状態などもすでにお聞きしておりますし、私たちは客ではなく、ビジネスパートナーですから、そういった気遣いは無用にいたしましょう」


 おお、ソフィーさんがかっこよく見える……。


 ぶっちゃけていえば、ある意味での業務提携。わたしたちはお客様ではないってわけー。

 ざっくりまとめると、資金難で困っている孤児院の子に『龍神の館』で働いてもらって、そのお給金の一部を孤児院にバックするシステムで持ちつ持たれつな感じ? 名目は大っぴらにはあれだけど、紹介料的な分を上乗せした感じでね。

 お店は天使ちゃん(従業員)を確保できる。

 孤児院は定期的な収入源を得て経営が楽になる。

 孤児の子たちは働き口を見つけられる。とくに女の子は危ない貴族様に養子縁組という名の身請けをされないようにブロックできるというメリットが。仮成人を迎える時に独り立ちしていると、きれいに養子縁組を断れるのです。その場合に孤児院の立場も悪くならない。


「こちらこそお気遣い痛み入ります。それでは施設の中をご案内しましょうか。ナタヌ手伝ってくれるかい?」


 オーナーさんが1人の女の子を呼び寄せる。


「はい、かしこまりました。ナタヌと申します」


 ナタヌと名乗った少女は、わたしたちに向かって深々と頭を下げた。

 身なりはとても貧しいものだけど、不思議と清潔感のある子だ。何より目だ。自分の置かれた状況に絶望している人の目ではない。決して死んでいない。目の奥に輝きを感じる。


「こちらが宿舎です。8歳以上の子供たちで当番表を作り、掃除をしています」


 ナタヌに連れられて宿舎へと入る。

 整然と並べられたベッドが20台ほど。木の板のベッドの上には干し草、その上に古い布切れがかぶせてあるだけの簡素なものだ。ひときわ小さいベビーベッドのようなものも2台ある。


「この施設には小さな子、乳児もいるんですか?」


「ええ、今は1人お預かりしております」


 オーナーさんが答える。


「当施設の前にですね、赤子が置かれていることがありまして……年に数度でしょうか」


 オーナーさんは悲しそうな目でベビーベッドを見つめていた。


「ですが、乳幼児は貴族の方の引き合いも多く、当施設で長く保護するという例は本当に稀なのです。子どもに恵まれず跡継ぎとして迎えたいというとても良いお話ですから」

 

「そう、なんですね……」


 乳幼児は人気。

 裏を返せば、それ以上に成長した子たちは……ということなのかな。


 ちらりとナタヌの顔を伺ってみる。

 無表情。

 無感情といったほうが正しいかもしれない。誰かが入ってきて、誰かがいなくなっていく。それがこの施設の日常なのだろうということは想像がつく。


 ナタヌ。

 人族。11歳。4歳の時に孤児院へ。両親とは死別。

 どうやらこの施設で最年長らしい。わたしよりも1歳年上かー。

 所持スキル『ハイヒールLv3』『キュアLv5』。

 なかなか良いスキルをお持ちで。でも冒険者ではない、と。でもこのスキルレベルの上がり方は日常的にスキル行使していないとありえないのでは? なんなら『キュア』はアークマンよりもレベルが上だし。


「ナタヌお姉ちゃ~ん」

 

 と、部屋の隅にいた小さな男の子がこちらに気づき、走り寄ってくる。

 

「ヒイロ、走ったらあぶないわ!」


 ナタヌが駆け寄る前に、ヒイロくんが床板に穴に足を取られ、派手に転んでしまう。予想以上に施設がボロボロ!


「痛いよ~!」


 倒れたまま泣き出すヒイロくん。見れば膝から少しだけ血が出ている。


「お姉ちゃんに傷を見せて。大丈夫大丈夫。泣かないよ、男の子だもんね?」


 2人に近寄ろうとするアークマンを制止する。

 大丈夫、ここはナタヌに任せて。


「ハイヒール!」


 ナタヌのスキルを受けて、ヒイロくんの体を中心に部屋全体が光に包まれていく。温かい光。わたしたちの旅の疲労も引いていくように感じる。

 やがて光が収束して消えると、ヒイロくんの膝のケガはすっかり治っていた。


「ナタヌお姉ちゃんありがとう! もうぜんぜん痛くないや!」


「良かったわ。でも足元はちゃんと自分で見て気をつけるのよ」


「わかった!」


 ヒイロくんは元気いっぱい、走って部屋を出て行った。おーい、言われた通り、足元に気をつけろよー。


 なるほどね。

 ここ『ダーマス』という街の経済状態に引きずられて、孤児院自体も閉鎖寸前の経営状態だと聞いていたし、食べるものもロクにないはずなのにみんなが絶望していないのは、ナタヌがいたからなんだ。


 ナタヌのスキル『ハイヒール』でケガを治し、『キュア』で病気や衛生状態を保っていたんだと思う。つまりナタヌがいないと、この施設は成り立っていかない。それくらい依然しているというのがすぐにわかる。


 どう考えてもこの子が天使ちゃん候補筆頭よね。

 でもこの状態で連れていけるの?

 ナタヌ自身はどう思っているんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る