第30話 アリシア、恋に迷う
わたしたちは1泊しただけで早々に『エクリファイス』を発ち、最終目的地のダーマス伯領『ダーマス』に向けて走り出したのだった。
わたしの馬車での移動に同意したソフィーさんは、わたしが多少派手に立ち回っても、なぜか目くじらを立てなくなった。まあ、良い意味で吹っ切れたってことかな?
「うー、でももうちょっとだけ『エクリファイス』に滞在したかったかも……」
「あら? ずっと『早く行こう早く行こう』しか言わなかったアリシアがどういう風の吹きまわしかしら?」
ソフィーさんが怪訝そうな顔をして眉根を寄せる。
「アイススケートを子どもたちに教えるのが楽しかったなーって。子どもたちや街の人たちの笑顔って見てると癒されませんか?」
と、問いかけるも、ソフィーさんは無言。
しばらく目を真ん丸にしてわたしのことを見ていた。
何その顔? 何の感情?
「ちょっとあまりの衝撃に気持ちの整理が追いつかなかったわよ。『子どもの笑顔を見ると癒される?』ちょっとちょっと、アリシアさん⁉」
「なんですか? わたし、なんかおかしなこと言いました?」
「言ってるわよ! おかしいおかしい。そんなのおばあちゃんが言うセリフよ? 10歳の子が言っていいセリフじゃないわ。あなたどうしちゃったの?」
ソフィーさんは茶化しているわけではなく、本気でわたしのことを心配している様子だった。
「んー、お店を離れた後のことをずっと考えているんですよ……」
楽しく暮らしたい。
親に楽をさせてあげたい。
モテたい。
ハーレムを作りたい。
友だちがほしい。
「お店楽しいんですよね。わたしの思い描いていた夢のほとんどが叶っちゃってるかもしれない……」
「そう? それは良いことだわ。アリシアが努力し、その結果が出ているんだもの」
「そう、かもしれないですけど、『龍神の館』はソフィーさんのお城ですから、いつかは出て行かないといけないですし、わたしのお城を探さないと……」
でもそれがわからない。
わたしのお城ってどこにあるの?
「アリシア、私はね、何もあなたに『出ていけ』って言ってるわけじゃないのよ。本当にやりたいことをやりなさいって言っているだけなの。お店は私の夢。私のやりたいことを実現する場所だから、それはいつまでもアリシアの夢と一致するとは限らないと思うのよね」
「ソフィーさんが言っていることの意味はわかります。だからこの旅の中でいろいろ考えたいなって思ってて……」
先の『バルオッティ』で錬金術師のノーアさんに出会った話をする。賢者の石の所有者で、不老不死の存在。パストルラン王国建国のメンバーの1人。おそらく本物……。
そんなノーアさんがわたしを弟子に、と言ってきたわけで。でも生涯を研究に捧げるってどうなんだろうって悩んでいるわけで。
「つまりわたしがやりたいことってなんだろうって、本気でわからなくなってしまったんですよ……」
今の気持ちを正直に打ち明けた。
さしあたって現状に何も不満がない。でも漠然とした不安がある。ただおもしろおかしく生活するその際に、何を求めればいいのか。それがわからないでいる、と。
「アリシア、あなたね、考えすぎなのよ。頭が良いからって、いつもいつも理論から入っちゃってね。馬車の手綱を握って頭おかしそうに騒いで魔物を屠っているあなたのほうがよっぽど年齢相応でかわいらしいわよ? かわいいらしいは言い過ぎかしらね……正直普通に恐ろしいし、近づきたくないわ……」
ちょっと良い人風なことを言ったのに最後のところで台無しですよ!
でも、そうか……わたし考えすぎなのね……。
「ハーレムだなんだ言う前に、どっぷり落ちていくような恋をしなさい。初恋もまだのガキがナマ言ってんじゃないわよ!」
そう言って、ソフィーさんはコツンとわたしの頭を叩くと、それはそれは魅力的なウィンクを魅せてきた。
「ガキじゃないもん……。でも恋ってどうやってするんですかね……。良い人いないかな……」
「バカね。それが頭でっかちだって言ってるのよ。恋は探すものじゃない。気づいたら落ちてるものなのよ」
気づいたら落ちてるもの……。
深い……ようでまるっきりわからない。
「ソフィーさんの初恋の話を聞かせてもらってもいいですか? 参考にしたいなー」
「またそれ! 他人の初恋なんて何の役にも立たないわよ。でもまあいいわ。話してあげる」
「やったー! 初恋、何歳の時なんですか⁉」
「11歳の時だったかしらね。騎士になるために剣術の修行を始めて1年が経った頃のことだったわ――」
そこからずっと、『ダーマス』の街につくまでの間、御者席でソフィーさんの初恋の冒険譚を堪能したのでした。
恋は落ちるもの、か……。
わたしも落ちてみたいな。
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