第29話 アリシア、湖の美しい街『エクリファイス』に降り立つ

「おおー。ここがあの有名な、湖の美しい街『エクリファイス』ですかー!」


「ええ、そうね」


 ソフィーさん……とほかのみんなも、あまり楽しそうではないね。


「えー! すごーい! 街の真ん中にこんなに大きな湖がー!」


「ええ、そうね。全面凍っているけれどね」


 ふむ。

 たしかに湖は完全に凍ってますね。


 そして、まったく人通りもない。

 おかしいな……。『バルオッティ』の街は雪が降っていてもけっこう活気があったのにな。寒いの嫌いな人たちの集まりかな?


「お店もぜんぜん開いてないですね。なんだろ」


 しっかし、これだけ大きな湖に氷が張っていると、スケートをしたくなるというか。こんなに立派なスケートリンクがあるのに誰も滑ってないのはおかしい……。


 試しに、ローラーシューズの下にブレードを取りつけてみましょうかね。銀……よりは金のほうがいいかな。やっぱりステンレス、せめて鉄がほしいなあ。


 うーん、刃の太さはこれくらいかな?


「暴君、何をやってるの? 新しい武器?」


 エデンが覗き込んでくる。


「違うよー。このブレードを靴の裏にとりつけて、氷の上を滑るのよ」


「ローラーがないのに滑れるの?」


「まー、ちょっと見てなさいって♪」


 華麗にジャンプして氷のリンクに着氷。


 おー、ちゃんと凍ってる。氷の厚さは大丈夫そう。

 んーでも、わりとでこぼこしちゃってるから、氷上を滑らかにしたいね。

 そうだなー。靴の前面から魔力を噴射して氷を薄く削ってきれいに整えよう。これなら滑りながらリンクを整備できちゃうぞ!


「暴君~? 大丈夫? 怖いの?」


「違うってば。今靴の最終メンテナンスをしてるのー。さ、滑るわよー」


 あー、ステキ! 屋外の解放感。そして氷のひんやりした空気。これはローラーシューズじゃ味わえない感覚だわー。


「ほら、どうー? とっても気持ちいいわよー!」


「すご~い! 尖った刀で滑れるんだ~!」


 エデンが手を叩いて喜んでいるのが見える。

 ただ滑るだけじゃないわよー。

 スピンも! ジャンプも! どう? この着氷した時に氷が削れて飛び散る美しさ!


「エデンも滑ってみるー?」


「ボクもやってみた~い!」


 OKOK。

 じゃあ一度戻ってローラーシューズのメンテナンスをしてあげましょうね。

 ついでにほかのみんなにも。



* * *


「思ったよりも簡単なのね! ローラーシューズとそう変わらない滑り心地だわ」


 最初おっかなびっくりだったソフィーさんも、すぐに馴染んできれいに滑れるようになっていた。

 ほかのみんなも、武闘派ぞろいだからか運動神経が良いね。順応性が高い!


「こんなに大きなスケートリンクがあるのに誰も滑らないなんてもったいないですよねー。って、あれ? 街の人ちょっとずつ出てきた?」


 わたしたちがキャッキャうるさくしていたせいなのか、人っ子一人いなかった湖の前に、街の住人たちが姿を見せ始めていた。

 寒そうにしながらも、物珍しそうにわたしたちのほうを指さしながら、何かを囁き合っている。


 アイスショーのチャンス?

 いやいや違うね。ここは街の人にスケートの体験をさせてあげましょう。


 人が集まりだしている辺りに近づいてみる。


「こんにちはー。わたしたち、ガーランド伯領からきている旅の者です。ダーマス伯領に向かっている最中で、ちょっとこの街に立ち寄らせていただきました」


 まずは挨拶が大事ー。


「ガーランド伯領では、これ『アイススケート』っていうのが流行っていてですね。湖がこんなにきれいで、一面に氷が張っているものだから、つい滑ってみたくなっちゃって」


 街の人たちが「アイススケート?」「アイススケートってなんだ?」と騒ぎ出す。おお、注目されてる♪


「アイススケートっていうのは、これです。靴の裏に金属のブレードを取り付けてですね、氷の上を滑るんですよー。ほらー」


 片足を上げてゆっくりと滑ってみせる。


「おお!」「ナイフの上で滑ってる」「かっこいい」「お姉ちゃんきれい」「アイススケート!」


 なかなか印象が良さそう!

 やだもう。誰なのー?「あのかわいい子は誰? 好き好き、結婚してー」って言ってるのはー?


「滑ってみたい方がいれば、スケート靴お貸ししますよー。どうですか、やってみませんかー?」


 とまあ声をかけてみるものの、「どうする?」「どうする?」のお見合い状態。

 予想通りですねー。


「お子様でも安全に滑れますよー。わたしたちがサポートしますからね」


 と、念を押してみる。


「僕、滑ってみたいです」


「私も!」


 2人の子供が手を上げる。5歳くらいの男の子ともうちょっと小さい女の子。


「いいね! 勇気を出したキミたちに決めた! じゃあこっちにきて、足のサイズを確認して靴を出すから。あ、この子たちの保護者の方はどちらですか?」


 1人の女性がためらいがちに前に出てくる。


「保護者の方ですか? 安全には配慮しますが、一応許可をいただいてからにしたいなと」


「ええ、本当に大丈夫なんですよね? ケガをしたりは……」


「ちゃんと見てますから、任せていただければと」


「それなら……少しだけ」


 不安そうな表情ではあるけれど、なんとか許可を出してくれた。


「やった~!」


「ママありがとう!」


 2人は兄妹なのね。良き良き。


 足のサイズはーと、これくらいかな。

 子供用だから少し太めの二重刃に調整して転びにくく、と。


「よしこれで。2人ともちょっと履いてみて。座ったままでね。つま先きつくない? 大丈夫そうね」


「じゃあ、ちょっと妹ちゃんは座って見ててくれる? お兄ちゃんから先に滑ろうか。エデンー、こっち手伝って!」


 エデンを呼び寄せつつ、まずは地面の上でお兄ちゃんの腕を支えながら立たせてあげる。


「おーし、ちゃんと立てたね。手を離しても自分で立てるかな?」


「お、お、立てた! 僕立てたよ!」


 うれしそう♪ いいねー。


「氷の上ではもう少しだけ膝を曲げてー、そう、ちょっと前かがみになっていれば倒れないからね。よし、じゃあ氷のリンクに上がってみよう!」


 若干へっぴり腰になりながらも、わたしの手に掴まりながら氷の上へ。


「おー、いけたいけた。じゃあ両手を出して、はい、そう。わたしと手を繋いで滑るよー」


 わたしはバックスケーティングでお兄ちゃんの手を引く。

 ゆっくりと滑りだすと、


「滑ってる! すごい! ママー! 僕滑ってるよー!」


 うるせー!

 めっちゃ大声出してくるー!

 テンション上がりすぎてかわいいな♡


「いいよー。はい、じゃあ片手離して、並んで滑るよー」


 お、飲みこみが良いね。

 ふらつきもないし、必要以上に怖がってない。


「はい、じゃあ、1回ゆっくりとしりもちをつくー。転ぶ練習ね」


 適度に転べるように。

 ケガをしないための秘訣。


「OK。じゃあ最後は途中まで一緒に滑って、あとは両手を離して1人で滑ろう!」


「1人で⁉」


 驚いたような声を上げる男の子。


「大丈夫だよ。キミならいけるよ」


「うん。ボクがんばるね」


 

 とまあ、30分も滑らせたら、お兄ちゃんのほうも妹ちゃんのほうも、ソフィーさんよりもうまく滑れるようになりましたとさ。

 子どもの順応性は高いね!


 2人の様子を見て大人たちも次々に「やってみたい」と声を上げ始めたので、スケート靴の貸し出しと、コーチングを手分けしてできる限り行ってみた。


 よしよし、みんなスケートにはまったね♪


 なんかこういうのもいいな……。

 地方を回って、スケート教えたり、便利な発明品で生活を楽にしてあげたり。こういうみんなの笑顔を見て回りのもなかなか良いスローライフなのかなーなんてね。


 わたしは、未来のわたしにどんなことを望んでるんだろう。

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