第27話 アリシア、不意を突かれる

「おーい。2人とも―! わたしを置いていかないでってばー!」


 アークマンとエデンが宿屋に入る寸前のところで、ようやく2人に追いつく。ローラーシューズ最高速で飛ばしちゃったよ……。さすがにこの街で噂になっちゃうかも。


「アリシア……あのほら吹き錬金術師の相手はもういいのか?」


 アークマンの態度が若干冷たい。

 まだちょっと怒ってるみたい。もしかしてノーアさんがイケメンだったから?


「あの人は……たぶんほら吹きではないと思います。でも、今はいいんです」


 感情を押し殺して泣いているノーアさんをそのままに、わたしは店を出てきた。今はまだ、『賢者の石』を探求する時じゃないと思うから。いろいろ考えをまとめてから必ずもう一度会いに来ます。


「そうだよ、アークマン。あの錬金術師の人がボクたちの装備に魔法反射の付与をしてくれたじゃないか。そういえば、お金払わずに出てきちゃったけど……」


「大丈夫よ。今度お店に行った時、わたしが払っておくから」


「そう? 魔法反射の付与っていいくらくらいするんだろう。高いかな……」


「大したことないと思うー。低級のエンチャンターでもできるって言ってたじゃない? なんなら、わたし、もうコツを覚えたからたぶんできるよー」


「コツって……」


 アークマンとエデンが絶句する。

 すーぐそういう顔するんだから。

 付与されたアイテムの『構造把握』をすれば簡単簡単♪ 意外と単純な仕組みで、魔法耐性とそう変わらないみたい。術式がちょっと古いから使う人が少ないってだけかも?


「やはりアリシアのことはよくわからないな。俺様の手に負えそうもない」


 ふん、と鼻から息を吐くと、宿屋に入っていってしまった。


 手に負えないって……わたしたち、親子ほども年が離れているんですよ? もしかして、今まで本気のアプローチだったんですか……? ソフィーさんも相当な変わり者だけど、ずっと一緒に行動しているアークマンも相当だわ……。次からは呪詛が発動するようにホワイトリストから外しておこうかな……。


「暴君は……ボクたちの前からいなくなってしまうの?」


「えっ」


 不意を突かれた。

 エデンからの予想外の質問に、わたしは即答できなかった。


「暴君はスケートや……ボクのルーツや、ほかにもいろいろ教えてくれて……ボクのことも拒否しなかったし、お店もあんなに楽しく……だけど――」


「ちょっと待って? わたしはいきなりいなくなったりしないよ。やだもうー。急に別れの挨拶を始めないでくれる?」


 みんなと別れるとしても、それは今じゃない。

 

「まだ旅の途中でしょ。今はそのことは一旦忘れて、早いとこ『ダーマス伯領』の孤児院に向かわないと!」


「そ、そうだ、よね……。ここから先は道のりも険しくなるらしいし、ボクの剣技で暴君を守ってみせるよ」


 エデンが不安そうな表情を隠し、無理やり作り笑いを見せる。

 ありがとうね。わたしのことをそんなに想ってくれて。


 でもエデンは「一緒についていくよ」とは言ってくれないんだね。


 やっぱりわたしは独り、か……。



「2人ともこんなところに突っ立ってどうしたの? 頭に雪が積もっているじゃないの。風邪ひくわよ」


 ソフィーさんが声をかけてきた。

 両手に荷物がいっぱい。

 食料の買い出しかな? アイテム収納ボックスを持たずに?


「ちょっと立ち話ですよー。ソフィーさんは買い物ですか? わたしたちもさっき良い銀食器屋さんを見つけて、たくさん買い込んじゃいましたよ」


「銀食器! それは良いわね。お店で使えるかしら」


「銀は錆びやすいし、メンテナンスが大変ですからね……。使うとしてもVIPルーム専用かな……」


「そうね。貴族の方々の中には、銀食器を指定されるお客様も多いから、良質な銀食器はいくらあっても困らないのよね」


 少し困り顔のソフィーさん。


「そうなんですか? それはまたなんで?」


 別に銀だとおいしく食べられるわけでもないし、なんなら金食器のほうが豪華で良くない?


「銀食器は毒に反応しやすいのよ。大人数の晩餐会などでは銀食器以外でお料理をお出ししたら大変な問題になるわ」


「へぇー。まあ、たしかに銀で化学反応する毒もあるでしょうけど……」


 それ以外の毒もたくさんあるから別に……。

 わたしなら銀食器をそのまま凶器に変えることだってできるし。それに銀は魔法耐性や魔法反射だけでなくて、攻撃魔法の付与もしやすいから、あらかじめ付与しておいて「ボンッ」ってね。

 そういえば前に見た市場で見た隷属の腕輪も銀装飾だったような……。


「あら、長話をしてしまったわね。また頭に雪積もってるわよ。早く中に入りましょ。それで銀食器を見せてちょうだい」


「はーい。ほら、エデン、行くよ」


 黙ったまま立ち尽くして、そのまま雪だるまにでもなりそうなエデンの手を引っぱった。頭や体から雪が落ち、エデンが人へと戻っていく。


 別れは今じゃない。

 でも、この旅の間にはどうするべきか考えないとね……。

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