第26話 アリシア、賢者の石の話を聞く
「アリシア=グリーン、あなたはここに残って『賢者の石』の探求を行いなさい」
赤髪の錬金術師・ノーアさんがわたしに向かって手を差し伸べる。
その手から目を離さずに耳を澄ませる。ドアが軋んで開く音。アークマンとエデンは無事に店を出たみたい。
さて、わたしはどうしたい?
そりゃたしかに『賢者の石』はほしい。
それがあればきっと夢は叶う。かもしれない。
ハーレム?
ううん。それもそうだけど、もっと……。
友だち。
一緒に笑い合って、一緒に苦労して、一緒に成長していけるような、そんな友だちがほしい。そんな人が恋人になってくれたらもっとうれしいけど……。
あれ? でもそれって、『賢者の石』に願って手に入れるものなのかな……。
「んー、少し時間をもらえませんか?」
「時間ですか?」
「はい。まだすぐには答えが出なくて。『賢者の石』の探求はしてみたいです。でも、それって今すぐやらなくちゃいけないことなのかなって」
遠征の途中だし、仕事もやりっぱなしだし。
いきなり言われても全部を投げ出していきなりってわけには……。
「人族の一生は短い。私という最高のサンプルがあったとしても、アリシア=グリーンが一生を捧げても『賢者の石』に至らないことも十分にあり得るのですよ」
一生を捧げる。
簡単に言ってくれますね……。
「わたしが望むのは『賢者の石』の探求に一生を捧げることじゃありませんよ」
「なぜです? さきほどは『賢者の石』の探求をしてみたいと言っていたではないですか」
ノーアさんが不思議そうに首をかしげる。
わたしの言っている意味がホントに理解できないでいるみたい。
「そりゃ探求はしてみたいですよ。不老不死とか、何でも願いが叶うとか、すっごく魅力的ですよねー。でもね、それが人生の目的になるのはおかしいと思うんです」
「『それ』とはなんですか?」
「探求自体、ですよ。わたしは、探求をしたいんじゃない。『賢者の石』を手に入れたい。手に入れてそれを活用したいだけなんです」
ノーアさんはわたしの言葉を黙って聞いていた。
まるで「それから?」とでも問いかけるような視線を感じる。
「ノーアさんは『賢者の石』を手に入れたんですよね?」
「はい、そうですね。カイランドとともこの島を平定し、国を作り、その後も度々政に駆り出されはしましたが、内乱が終わった後、私はこの地を得て、探求に没頭しました。かつて見た前世の記憶。不老不死、そして『賢者の石』を求めて」
カイランド。前世。
そっか、ノーアさんも、パストルラン王国初代国王のカイランド=パストルランとともに転生してきた人だったんだね。
「幸いにもこの地には魔術、そして魔法が存在しました。私はたくさんの弟子、協力者を使い一生を捧げて探求をしましたが、とうとう『賢者の石』には届かなかったのです」
一生を捧げてもなお届かない……。
「しかし、女神様は私を見放されはしなかった。命が尽きるその時、生命の炎が最期にほんの一瞬だけ燃え上がったその瞬間、私はそこに至ることができたのです」
最期の瞬間に……。
「偶然なのか、女神様のお導きなのか……その時、小指の先がそこに届いた。そして私は『賢者の石』となりました」
「『賢者の石』になった……」
「その後も私はここで1人、静かに探求を続けています」
「何千年も……お1人で?」
想像を絶する……。
「はい。私の弟子たちは、誰1人として『賢者の石』に至らなかった。時の経過とともに1人、また1人と欠けていったのです。あらたに弟子を取っても結果は変わりませんでした。気がつけば、いつも私は独りなのです」
つまり『賢者の石』を手に入れるというのは、それだけ難しいこと、なのね……。
それを飄々と、さも大したことがないかのように語るノーアさんが、少し怖い……。
「でも、ノーアさんが『賢者の石』を手に入れたのなら、その力でお弟子さんを不老不死にしなかったのはなぜですか? 『賢者の石』にはその力があるんじゃないですか?」
「私はそれを望みませんでした」
「なぜですか⁉ ずっと一緒に探求を続けてきた仲間! これからも一緒に!」
わたしの言葉にノーアさんは小さく首を振る。
「彼らは『賢者の石』に至らなかった者。そして命を長らえたとしても決してそこに至ることはないでしょう」
「だからって!」
「そして、私だけでなく、誰1人としてそれを望まなかった……。カイランドもアチェリもストライドも、そして愛する妻サーシャさえも」
誰も。
不老不死を望まなかった……。
「誰1人私と永遠の時を歩むことを望まなかった。だから、私は大きな罪を犯してしまいました」
そう言ってノーアさんは足元に寝そべる猫を抱き上げた。
巨大な猫。
ずっしりって感じ。何キロくらいあるんだろう。
その猫は、顔の中心が黒い。顔以外の全身が真っ白く長い毛で覆われていた。それと、足と長いしっぽが黒い毛になっていて、まるでソックスでも履いているみたいに見えた。
猫は抱き上げられて、一瞬だけ片目を開けてノーアさんを見るも、すぐに目を閉じて眠りに入った様子。なかなかにふてぶてしい態度。
「大きな罪とは何ですか?」
「この子です。名をアイコと言います」
「……大きくて、やわらかそう。かわいい猫ですね」
アイコ。
名前からするとメス、なのかな。
「人とは違い、意思を示さないのを良いことに、私はアイコに不老不死を与えてしまった」
「なんと……」
「アイコはそれを望んでいなかったかもしれない……。しかし確かめる術はありません」
飄々としているからきっと周りの人は気づきにくいと思うけれど、ノーアさんだってホントは孤独は怖かったんだね……。
かつての戦友、弟子、友、そして妻。
みんなノーアさんともに歩み続けることを選んではくれなかった。
ああ、この人は孤独なんだ……。
わたしと同じなのかもしれない……。
ねぇねぇ、アイコさん。
ちょっとだけ起きて、わたしにお話を聞かせてください。
そう。ノーアさんのことです。
ああ、そうなんですね……。アイコさんはそれで……。
はい。おやすみのところありがとうございました。
「ノーアさん」
「なんでしょう」
「アイコさんがおっしゃっていましたよ。『坊やはいつも泣いているから、目が離せないの。こうしてしっぽをパタパタして遊んでやると、本当にうれしそうな顔をするのよ。ホントに手のかかる子だわ。あたしがいないとダメなのね』って」
「アリシア=グリーン……あなたは……」
ノーアさんの左の目からは一筋の涙が零れ落ちる。
アイコさんは目を閉じたまま長くて黒いしっぽをパタパタと揺らし、ノーアさんの胸をやさしく叩いていた。
アイコさんはね、ノーアさんのそばにいたいって思ってくれてますよ。
あなたは孤独なんかじゃないです。
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