第25話 アリシア、異空間に囚われる

「私が真の錬金術師。『賢者の石』の所有者です」


 目の前の赤髪の青年・ノーアさんが宣言する。

 堂々と。

 そこに驕りは一切感じられず。

 この人はただ事実のみを告げている。思わずそう信じてしまうような謎の説得力があった。


「賢者の石ですか……。その力で不老不死、ということなのでしょうか?」


「正確にいうなら、賢者の石の力でそうなっているわけではなく、私と賢者の石は一体なのです。私が賢者の石であり、賢者の石が私なのです」


 えっと、どういうこと……?


「私が賢者の石であり続ける以上、時や生に縛られることはなく、その概念から解放された存在となるということです」


「うーん? 錬金術の研究の結果、ノーアさんは賢者の石になった、と?」


「その理解でけっこうです。とても聡明だ。アリシア=グリーン、あなたは素晴らしい」


 なんとか理解が合ってたみたい。

 それにしてもこの人、わたしのこと気に入りすぎでは? かっこいいお兄さんだけど、賢者の石とか謎過ぎてちょっと怖い。


(ねぇ、ミィちゃんー。ホントにこの人、不老不死の賢者の石なのー?)


 あれ? ミィちゃん?

 反応がない。寝てるのかな……でも女神様は寝ないって言ってた気が。


「申し訳ない。ここは……そうですね、異空間とでも言いましょうか。世界から断絶された空間なのです」


 今わたしがミィちゃんとコンタクトを取ろうとしたから、そのことを言っている? 名前もそうだし、思考を読まれているってこと?


「ホントだ。アイテム収納ボックスから何も取り出せない……」


 エデンが肩から下げたカバンに手を突っ込んで悲しそうな顔をしている。

 わたしのほうの連動型アイテム収納ボックスも、ダメか……。ホントに元いたところとは違う空間なんだ。


「目的は何ですか? わたしたちをここに閉じ込めるつもりですか? それとも殺す?」


 どちらにしてもこの人に悪意があるのなら、死ぬ気で抵抗するしかない。

 たとえ勝てないとわかっていても……。


「目的? それはあなたがたのほうにあるのでは? あなたがたが私のことを求めた。私はそれに応じて門戸を開いた。ただそれだけですよ」


 わたしたちが求めた?

 閉じ込めるためでも、殺すためでもなく、わたしたちが望んだからお店に入れるようにした。

 わからない。


「アリシア=グリーン。あなたは錬金術に連なる者です。自分の力の正体、そして可能性について、知りたいと強く願っている」


 この人、わたしのことをどこまで?


「暴君が錬金術師?」


「いいえ、今はまだ。しかし、それに至る資格を持つ者だ」


 確かにそう言えなくもないのかもしれない。

 わたしの『創作』スキルは頭の中で思い描けたものを何でも創ることができる。『賢者の石』がどんなものかその構造を理解することができたら、わたしはそれを創ることができる。


 つまり、不老不死の体を手にすることだって可能だということだ。


「『賢者の石』とは、ただの不老不死の霊薬にあらず。概念、法則、常識の枠から外れ、あらゆる願望を叶えることのできる奇跡の存在」


「あらゆる……」


 つまりわたしが『賢者の石』を手にすることができたら……。


「そう、あらゆる願望を叶えることができる」


「この世界をわたしだけのハーレムに?」


「もちろんです」


 マジか。『賢者の石』ってすごい!


「……不老不死やあらゆる願望や、何かとんでもないスケールの話をしているのかと思ったら、ハーレムだと? お前たちはふざけてるのか?」


 アークマンの目が怖い。

 本気で怒っている? それとも軽蔑のまなざし?


「ふざけてない、ですけど。……だって『賢者の石』があったらみんながわたしのことを好きになってくれるってことでしょ?」


「そう。その通りです。『賢者の石』とは不老不死の霊薬にあらず。『賢者の石』とは愛そのものなのです!」


 ほらー! 賢者の石さん本人もそう言ってるじゃない!


「ばかばかしい。悪ふざけならよそでやってくれ。賢者の石など伝説の存在だ。現実にあるわけがない。俺様は錬金術師の店があるから魔法反射の付与ができるか確認したかっただけだ。狂言回しには用はない。もう帰らせてもらう」


 アークマンが床を踏み鳴らしながら入り口のほうへの歩き出す。


「ちょっとアークマン! ボクも!」


 エデンも遅れてアークマンを追いかける。

 2人とも、この人はたぶん本物だよ⁉


「魔法反射の付与がほしかったんですね。たやすいことです。はい。お2人の装備に魔法反射を付与しましたよ。こちらで問題ないですか?」


 え? 今何かした? 魔法の発動が何も見えなかった……。


「いったいなにを……ほ、本当に付与されている……どうやって」


「ボクのも付与されてる!」


 アークマンとエデンが自分たちの装備ステータスを確認し、驚きの声を上げる。


「低級なエンチャンターでも可能な属性付与など、錬金術師の私にかかれば造作もないこと。お望みが叶ったとのことですので、どうぞお引き取り願えますか?」


「え、でもわたしは……」


「アリシア=グリーン、あなたはここに残りなさい。『賢者の石』の探求を行いたいのでしょう?」


 わたしが『賢者の石』の探求……。

 たしかに知りたい。

 それを手にすることができたなら、わたしは――。

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