第24話 アリシア、錬金術師の店に入る

「『錬金術師の工房~付与魔法相談に乗ります』だってさ! ここっぽい!」


 大通りの外れにそれっぽいお店を発見した!

 看板に大きな字で『錬金術師』って書いてあるし! 建物自体はものすごーく古くさい。両隣の店はきれいな雑貨屋さんなのに、ここだけ老舗の風格がすごい……。もはや怪しげな魔女の店っぽい雰囲気すら感じる……。

 でも掲げられている看板だけはピカピカしていてきれい! まあまあの降雪の中なのにまったく雪も積もってなくて不思議ねー。

 

「よし、入ってみるか」


「うんうん、入ってみよう!」


「短めにお願いね……ごはん……」


 大丈夫、ちょっとだけだよ。

 魔法付与の相場を確認するだけー。


 わたしたちは『錬金術師の工房』の入り口のドアの前に立つ。あれ? ドアノブがない? 

 首をかしげていると、「ギギー」と蝶番がきしむ音を立てて、勝手に扉が開いていく。


「自動ドア⁉ すごい!」


 恐る恐るお店の中に足を踏み入れる。正面で待っていた人物――人、ではないね。これゼンマイ仕掛けのロボットが待っていて、合成音声のような音でしゃべりかけてきた。


『ようこそ。錬金術師・ノーアの工房へ』


「ノーアの工房?」


 エデンが小首をかしげる。


「錬金術師がオートマタを作るなんて話――」


 アークマンが口を開きかけたその時、店の奥から声が聞こえてきた。


「おーい、お客人。申し訳ないけれど今は少し手が離させないんだ。こちらへ来ていただけるか?」


 少しトーンの高い、若い男性の声だ。

 錬金術師のノーアさんかな。


 わたしたちはその声に従って、店の奥へと進む。


 だけどすぐに違和感を覚える。

 んー、ここって店? ぜんぜんお店っぽくない造りね?


 入り口から入ってすぐの部屋は、壁をぐるりと天井まである本棚で囲われていて、その中には古書がぎっしり。商品っぽいものは何も見当たらない。

 あ、そっか。奥の部屋がお店になっている、とか? いやそれなら入り口すぐを書斎っぽい部屋にするなと言いたい。あきらかに配置ミスでしょ。



 奥の部屋に進むと、姿を現したのはやはり若い男性。パッと目に付く赤い髪が印象的。やさしそうな雰囲気の青年って感じ。年齢は10代? 20代? エデンよりは少し大人っぽいかも。

 でも、「手が離せない」と言っていたわりに、その男性はとくに何もしていなかった。


「いらっしゃい。旅の方々かな?」


「あ、はいそうです! ガーランド伯領からきました。あいにくの雪で、急きょこの街に立ち寄ったんです」


「それは大変でしたね。この店にお客人が来られるのは実に40年ぶりのことです」


 えっ、40年? ということは、この人は見た目通りの年齢ではない……の?


 ちょっと『構造把握』をしてみよう。


 あれ? 何も見えない。どういうこと⁉


「なるほどなるほど。そちらのお嬢さん……アリシア=グリーンさんですか。なかなかおもしろい方だ。でもいきなり覗き見は感心しませんよ」


 赤髪の青年はにこやかに笑う。

 やさしそうなその笑顔が逆に不気味に感じられる。


「……わたしまだ名乗ってない」


 この人何者?『構造把握』できないのは気のせいじゃない……。何らかの手段で妨害されてるんだ。


「それもやめておきなさい。この街では帯剣は許されていても、抜刀は許されていない」


 見れば後ろでアークマンが腰の短刀に手をかけて腰をかがめていた。

 一筋の汗が頬を伝っている。


「アークマン。やめて。たぶん無理だから。エデンもね……」


 ヒーラーのアークマンが短刀で斬りかかったとしても、たぶん勝てない。いや、たぶんエデンでも……。これまでこんな人見たことない。底がしれない。


「失礼しました。お初にお目にかかります。アリシア=グリーンでございます。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 キュロットの端を摘まんで、貴族式の挨拶。


「私は錬金術師・ノーア。はじめまして、アリシア=グリーン。アークマン=ストレッチャー。そしてエデン=サクリスフィア」


 やはりこの人がノーアさん。錬金術師。そしてこのお店の主人。

 わたしたちレベルで駆け引きが通用する相手ではなさそう。なぜわたしたちがここにいるのか。導かれたのか、あるいは誘い込まれたのか。


「あなたは何者ですか? 40年ぶりに訪れた客とのことでしたが、どういうことでしょうか?」


 ストレートに質問をぶつけてみる。生かして帰す気があるならきっと教えてくれるでしょう。ダメならありったけの手段を使って抵抗するだけ。


「私は錬金術師・ノーアですよ。この地にかれこれ……100……1000……何年でしょう。もう昔のこと過ぎて忘れてしまいましたが、古くからここで錬金術を研究し続けている者です。40年ぶりの客人だとすぐにわかったのは、そこに時を刻む砂時計を用意しているからですよ」


 振り返ると、たしかに大きな砂時計。でもさっきまでこんなものあったっけ?

 

 うーん、ノーアという人物の言葉通り受け取るなら、少なくとも1000年以上生きているわけで……。そんな長命の種族って妖精族か精霊族……龍ってそれくらい長生きだっけ? でもどう見ても人族……か亜人なんだけど。


「1000年ですか……相当な錬金術の使い手とお見受けします。40年も客が来ないお店ということは、ここは何か結界でも張られているんですよね? なぜわたしたちはお店に入れたのでしょうか?」


 と、質問すると、ノーアさんはとてもうれしそうに笑った。


「アリシア=グリーン、あなたは実におもしろいです。私はあなたのことがとても気に入りましたよ。そうですね。お答えしましょう。本来『錬金術師』というのはこの世界にただ1人。つまり私のことだけを表す称号なのです」


 笑いが堪えきれない。そんな様子で頭を掻きながらノーアさんは笑い続ける。

 何がそんなにおかしいんだろ。

 それに錬金術師が世界に1人だって? 錬金術師はメジャーといえばメジャーなほうの職業だと思う。鍛冶師よりは少ないかもしれないけれど、付与系の魔法が使える人なら普通に目指せる現実的な職業なのだから。


「『賢者の石』というものをご存じですか?」


 賢者の石。

 不老不死の霊薬とも、あらゆる願いを叶えるともいわれている伝説のあれのこと?


「本来『錬金術師』とは、『賢者の石』を研究し、そこへと辿り着いた者のことを言うのです」


「つまりあなたは……」


「私が真の錬金術師。『賢者の石』の所有者です」

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