第10話 アリシア、暇を持て余す
「うーん、暇……」
「何か言ったかしら~?」
ソフィーさんがわたしのつぶやきに反応する。馬の手綱を握り、しっかりと前を向いたまま、こちらを振り返りはしない。
「いえ、とくには。馬に揺られているだけで暇だなって……」
「酔ったりしてないかしら?」
「大丈夫ですー。さすがにもう慣れましたー」
馬の背に揺られ始めてから2時間ほど。
激しい縦揺れにももう慣れて、なんなら1時間くらいはうたた寝していたかもしれない。
でももう寝るのも飽きた……。
「あー、暇だなー」
北部地域へと通じる街道はずっとまっすぐだし、景色も代わり映えしない。『ガーランド』の近くは広い草原が広がっているだけで魔物もぜんぜん見当たらない。王都方面に向かう街道よりはちょっとだけ道幅が細いかな。まあでも、ひっきりなしに人の往来があった王都方面とは違って、こっちは人通りがほとんどないってことくらいしかこの間の遠征との違いはなさそう。
「この辺りは魔物が出たりしないんですか?」
魔物でも出ればレーザーでハントして暇がつぶせるのになー。
「ここはまだガーランド伯領の端っこ辺りね。この辺りは魔物が住み着きそうな森もないし、平和そのものだと思うわよ」
うーん、暇つぶしにちょっとくらい何か出てきてくれてもいいのに。向こうから来る馬車を撃ったらやっぱり怒られるよね……。
「そういえば魔物って、森がないと生息できないんですか?」
あいつらってたまに人の住んでいる地域に出てきたりもするけれど、どこに住んでるんだろう。
魔物の多くは昼間あまり活動しない。日の入りとともに活発に活動を始める。
「そんなことはないけれど、基本は魔素が濃くなりがちな森、洞窟、山、沼なんかで繁殖するといわれているわね」
「ふーん。普通の動物みたい」
「私から言わせれば普通の動物よ。人を敵視している、という点以外はね」
「それはわたしたちが彼らの縄張りに入るからでは? 普通の動物も縄張りに入ったら怒りますよね」
「アリシアももう少し多くの魔物と対峙すればわかるわ。あれは明確な殺意。あの殺意は野生の動物が持ちえないものよ」
明確な殺意、か。
わたしたちに敵対するモノ。それが魔物。決して言葉が通じず、友好的でないモノの総称。
魔物の形状や種族は様々だけど、それは人も同じだよね。
言葉が通じる。
各国の管理下に入ることを了承する。
それをもって『人』と定義しているに過ぎないのだから。
人は多種多様な種族で構成されている。
人族。
人族よりも比較的体の大きな魔族。
人族と獣の特長を併せ持つ獣人族。
エルフ、精霊、妖精などの自然とともに生きる種族。
ドワーフ、ハーフリングなどの小人族もいる。
巨人族はかつて存在していたと言われているけれど、現在では交流がないらしい。長命だからもしかしたらどこかにいるのかもしれないけどね。
それにわたしの知らない種族はたくさんいるだろうし、エリオット、エデン、エミリーさんみたいに、人族とほかの種族が混じったハーフ、クォーターの存在も多い。
「まだまだ知らないことがいっぱいだー」
「何よ、急に大声を出したりして」
ソフィーさんが驚いて振り返ってくる。
「えー、いろいろ勉強すれば知識は身につくと思ってましたけど、なんか、そういうんじゃないなーって」
「どういうことかしら?」
「こうやって走って、戦って、初めてどんな魔物がいるのかわかるのと同じように、まだであったことのない人や種族もいっぱいいるんだろうなって」
ずっとお店に座ってあれこれ指示しているだけだとわからないことがたくさんあるってことです。
「そうね~。私も若い頃はいろいろな土地を見て回ったものよ」
「あ! ソフィーさんの冒険譚を聞きたいです!」
「冒険譚というほど大それたものでもないわよ。でもそうね。少しくらいなら話してあげてもいいかもしれないわ」
「わーい、やったー! ソフィーさんのかっこいい時代の話が聞けるー!」
「あら? 今はかっこ良くないかしら?」
こちらを振り返ってにやりと笑う。
「今は……かわいい、ですかね?」
「あら、お世辞がお上手ですこと。それじゃ、私のかっこいい時代の話をしようかしらね」
ちょっと照れ笑いしながら、ソフィーさんは前に向きなおって手綱を引く。
「そうね……何の話がいいかしら……。私が冒険者になりたての頃の話をしましょうか。近衛騎士団をやめて、すぐのことよ。まだ固定のパーティーを組んでいなかった頃――」
そう言ってソフィーさんがポツポツと昔話を始めてくれた。
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