第9話 アリシア、モテ期到来する?

「さあ、みんな! 北の沿岸地域『ダーマス伯領』に向けて出発よ!」


 街の門から外へ出てすぐ。

 厩の前でソフィーさんが高らかに宣言する。

 ソフィーさんはそれはそれは美しい真っ白な馬に跨っていた。


「おー! がんばるぞー! ってわたし、馬になんて乗れないんですけど」


 わたしはこの旅において、もっとも重大な問題に気づいてしまったのでした。

 馬を用意してもらったのは良いんですけど、こんなに大きな馬だと、鐙(あぶみ)に足が届かないしどうしたらいいんですかね? そもそも乗馬の経験もないですし。


「足が届かないわね……。盲点だったわ……」


 ソフィーさんがポリポリと頬を掻いて「しまった」という顔をしている。

 この人、何も考えてなかったー! なんで何も考えてないのに馬車で行かないって言ったのさ!


「わたしだけ馬車で行こうかなー」


「それは目立つから困るわ……」


 そうですかねー? ピンク色しててライトピカピカしてるけど、金細工は隠してあるし、かわいくてちょっとだけ豪華な馬車ってだけじゃないですか? そんなに目立つかなー?


「ローラーシューズでついていくのでもいいですけど、さすがに長距離移動は砂ぼこりとか気になる……」


「やっぱり私と一緒に乗るしかないかしらね」


 ソフィーさんが腰をひねって自分の後ろ、馬のお尻辺りをポンポンと叩く。


「うーん。子どもみたいでやだなー」


 親子連れっぽく見えそう……。甚だ遺憾である。


「幸いアリシアは体重も軽いし、馬にそこまで負担はかからないでしょう。2人の乗り用の鞍に変えるわ。ちょっと待ってなさい」


 ソフィーさんは馬から降りて手綱を木につなぐと、そのままどこかへ行ってしまった。わたしの意見は無視ですか……。



「えっと……ボクの馬に乗る?」


 手持無沙汰で草を蹴っていると、エデンが遠慮がちに声をかけてきた。

 いや、渋っているのはソフィーさんと一緒に馬に乗りたくないからではなくてね……。


「では俺の後ろに乗るかい?」


 長髪ウェーブヘアのマッツが声をかけてくる。陽キャワカメは黙っとけよ? わたしに声をかけるのはストパーかけてからにして!


「うん、だから別に誰の後ろとかそういうのじゃなくてね……」


「だったらオレっちが乗せてやんよっと」


 斥候役のチビ助スキッピーがなぜか馬から飛び降りながら言う。

 もしかして今の、なんらかのアピールだった? でもそれは無理があるよね? キミの馬、ほかの人のに比べて小っちゃいし。ポニーに2人乗ったらさすがにかわいそう……。


「では俺様の後ろに乗りたまえ」


 自称王子様のアークマンが前髪をふぁさっと流しながらウィンクしてくる。

 なんだかんだで悪い気はしないのだけれど、うーん、うーん。


 ごめん、ぶっちゃけアークマンのことちょっと苦手なの!


 だってさ、アークマンって……ガチで口説いてきている気がするのよね……。ロイスとわたしが並んでたら、普通ロイスのほうに目が行くじゃない? それなのにわたしばーっかり見てるし、なんかしょっちゅう肩とか触ってくるしさ……。お店の人だし、一応呪詛の発動は切ってるけど……。


 うーーーーーーーん。

 

 

「わかったわかった、わかりました。みんなわたしのことが好きなのね! わたしを取り合って争わないで! ってことで、おとなしくソフィーさんの後ろに乗りますから」


 こんなに乗り気ではない「わたしを取り合って争わないで!」は建国以来初めてじゃないかな……。なんかこう、遠征メンバーって濃すぎるのよね。存在も含めていろいろ。もともとうっすいエデンの影が消えてなくなるくらい……。ええい、スパダリみたいな王子様はどこ⁉ もしくは守ってあげたくなるようなお姫様は!


「あなたたち、何を揉めてるの?」


 ソフィーさんが何か黒い物体を手にして戻ってきた。ああ、馬の背中につける鞍かー。


「いーえ、何も揉めてませーん。なんかみんなわたしのことが好きみたいでー、『俺の後ろに乗れ!』って、言い合いしてて困ってただけですー」


「いや、別にそんな感じでは……」


「うん……なあ?」


「良かれと思って……」


 なんかもごもご言ってるなー。みんなホント男らしくないなー。

 ソフィーさんは「うんうん」と適当に相槌を打ちながら、慣れた手つきで馬の背に鞍を取り付けていく。


「アリシアはあいかわらずね、と。ほら、鞍も取り付け終わったし、出発するわよ」


 ソフィーさんは「やれやれ」といった具合に小さくため息をつくと、先に馬に跨った。


「わたし、こんなにみんなからアプローチされててー、野営中に襲われたりしませんよねー? あー怖い怖い」


「みんな苦しみながら死にたくはないだろうから、そんな危ないことしないわよ。ほら、手だして!」


 馬上からソフィーさんがわたしの手を引っ張り上げてくれる。


「おお! けっこう高い! こわっ!」


 馬の背は思ったよりもずっと高くて怖かった。この高さ……走っている最中にバランス崩して落ちたら無事じゃすまない気が……。


「ちょ、ちょっと待ってください! 落ちたら死んじゃう!」


「あら? 暴君幼女が乗馬でビビってるのかしら? ほら、しっかりとそこの持ち手を握って」


 ソフィーさんがわざわざこちらを振り返り、ニヤニヤしながらわたしの顔を見つめてくる。

 び、ビビってなんていないんだからねっ!


 いやいや、そんなこと言ってる場合じゃ……。なんかなかったっけ。こんな時のために作っていた……そうあれ、ジェルマット! 硬い床に座る用として作ってみたんだけど、ちょっと改造しないとダメね。わたしのお尻とジェルマットと鞍が魔力で吸着するイメージで……よし、これだ!

 お尻の下にジェルマット(改)を敷いてー、と。これなら1回くっついたら魔力のパスを外すまでは絶対に落ちなーい♪


「よし、これで完璧! わたしに不可能なことなんてないのですよ。ハーッハッハッハ!」


「何かしら、その水色の布みたいなのは。それに急に笑い出したりして……怖さでおかしくなったの?」


「いや、気が触れたりはしてないですからね? 憐みの目で見てくるのやめてください! この柔らかなクッションとわたしのかわいいお尻を魔力でくっつけて滑り落ちないようにしてみただけですー」


「あらステキ。それなら気を使いながら走る必要はなさそうね。馬はけっこう揺れるから、滑り落ちなくても舌をかまないように気をつけなさいよ」


「めんどうですねー。わたしの馬車なら寝っ転がって酒盛りしながらでも目的地に着くのにー。なんでこんな原始的な乗り物に――」


 わたしの声に反応するように、白馬が身震いしてから嘶いた。

 あー、うそうそごめんってー。別にあなたのことが嫌いで言ったわけじゃないのよ? 仲良くしよ。休憩時間にとっておきのおやつを上げるから機嫌直してね?


 うーん。最近分かったことなんだけど、しばらく一緒にいた動物には、なぜかわたしの言葉がほんの少しだけ伝わってしまうらしい。なんでだろう。これも『交渉』スキルの効果なの? 意思の疎通ができるのはうれしいけれど、勝手に気分を害されると困っちゃう……。


「みんな、改めて準備は良いかしら? 少し長旅になるけれど、お店の未来のために気合を入れていくわよ!」


「「おー!」」


 全員の気合が入ったところで、ソフィーさんの馬が走り出す。

 

「わっ、動いた! お、お、おおー⁉ なーんだ、思ったよりも揺れな――」


 と思ったら、馬が急に速度を上げててててててくくくくるるるるるる!

 めっちゃ揺れるるるるる!


「慣れよ慣れ! すぐに慣れるわ!」


 ソフィーさんが大声で笑う。


 後ろを振り返れば、エデン、マッツ、スキッピー、アークマンも笑っていた。


 えー、みんな余裕そう……。って、こんなめちゃ揺れの乗り物に片道3週間も⁉ わたしやっぱり馬車で行きますー!

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