第6話 アリシア、エデンと昔話をする
ソフィーさんからダーマス伯領への遠征の話を聞いた直後、わたしはエデンを捕まえて街の市場を訪れていた。
もちろん浮かれたデートなどではなくて、旅支度のための買い出し目的。人気のない路地裏に連れ込んで、その白くて細い首筋にかぶりついたりは……シナイヨ?
わたしたちは食料品を扱う通りから離れて、骨董品などを取り扱う露店が並ぶエリアにきていた。
「ねぇねぇ、エデン。そんなもの買って何に使うの?」
「これは風よけのために必要なんだ」
「へぇー。これが風よけになるの? そのちっこい板が?」
「海沿いは風が強くて火がつきにくいからね。こうして衝立を用意して風を防ぐんだ」
エデンがうれしそうな顔をして、古道具屋さんの軒先で、粗悪な鉄でできた20cmほどの板が2枚を見せてくる。これをつなげて火の回りに置くのかな。
うーん。
風よけなら、防護フィールドを応用して完全に防げるっていうことはちょっと黙っておこうかな。
「ねぇねぇ、エデン。ほかには何を買うの?」
「海沿いの地域で最も大事なのは防寒具だね。なるべく目の細かい糸で編まれた大判の布を探す」
「へぇー。目が細かいほうがいいんだ?」
「そのほうが風を通しにくいから、体を冷やさなくて済む」
エデンがうれしそうな顔をして、織物屋さんの軒先で、うっすい木綿を5枚重ねにしたボロボロの布を見せてくる。これを鎧の下に着るのかな?
うーん。
寒さ対策なら、ガチョウの羽根をいっぱい詰めた薄型のダウンジャケットを用意していることはちょっと黙っておこうかな。
「ねぇねぇ、エデン。ほかには何が必要かな?」
「あとは何と言っても携帯用の寝具だね。地面に直接寝ると、体温を奪われてしまうからね」
「へぇー。そのでこぼこしたシートを敷くと寝る時に暖かいんだ?」
「そうだよ。地面と体を浮かせるためにわざと表面がでこぼこしていて、接地面を減らしてくれるんだ」
エデンがうれしそうな顔をして、雑貨屋さんの軒先で、ペラペラの2枚の布を張り合わせたダンボールみたいな形状の何かを見せてくる。これを地面に敷いてその上で眠るのかな? 掛け布団はどこ?
うーん。
底冷え対策なら、キャンプ用品を真似て作ったコットと羽毛いっぱいの寝袋を用意していることはちょっと黙っておこうかな。
先輩風を吹かせてくるエデンがかわいいからしばらく泳がせておこう♪
「わたし、旅の経験がほとんどないから、エデンみたいに旅に慣れてる人がいると助かるー」
これはホントー。
知識として知っていることと、実際に経験したことは違うはず。さすがにわたしでもそれくらいはわかるよ。何事も教科書通りにはいかないものね。不測の事態に対応できるのが経験者のすばらしいところだから。
「ボクもほとんどソフィーさんの受け売りだよ。あの人はすごいよ。若い頃から軍人として、冒険者として、ずっと旅生活をしていたらしいからね」
「おー、そうなんだ。ソフィーさんってわたしには昔のことをぜんぜん話してくれないのよね。ソフィーさんの若い頃の話ってすっごい興味あるー」
そう言うと、エデンが周りを気にするようなそぶりを見せた後、わたしを手招きしてきた。内緒話?
「なによ?」
わたしが近寄ると、エデンがそっと耳打ちをしてくる。耳にかかる息がくすぐったい。
「あの人、王宮の近衛騎士団に所属していたことがあるらしいんだ」
「王宮の! それってけっこう強くないとなれないんじゃないの?」
「ソフィーさんは剣士としてはかなりの実力だよ」
なぜだか自分のことのようにうれしそうな様子を見せるエデン。
ソフィーさんが剣の師匠だからかな?
「そのソフィーさんに手ほどきを受けているなんて、エデンもラッキーだね」
「そうなんだよ。ソフィーさんはそのまま順当に出世していったら、次期近衛騎士団長候補って言われていたらしいからね」
「それはなかなかすごいんじゃないの!」
「そうなんだけど、ある時いきなり退役してしまったらしいんだ」
エリートの挫折かな?
それとも剣よりもやりがいのありそうな新しい道を見つけた、とか?
「王都で力を持っている貴族のご令嬢との縁談話を断ったことで立場をなくしたらしい」
あー。そっちかー。
ご令嬢との縁談……そりゃ無理よね。
「察して余りある悲劇ね……」
「ソフィーさんも何で断ったんだろう。有力な貴族のご令嬢と結婚すれば立場は安泰だし、悪いことはないはずなのに」
おい、こいつマジか?
「ソフィーさんにはほかに好きな人がいたんじゃないのかなーってわたしは思うわけよね?」
もしかしたら同僚の騎士とか。もしかしたら騎士団長様とか⁉
「それでも貴族のご令嬢との縁談話は断らないよね」
普通は悩むかもね?
そう、ソフィーさん以外の人だったらね⁉
「たぶん……それだけソフィーさんのその人に対する気持ちが強かったってことだよ……純愛、なのかな」
想像の話なので、純なのか不純なのかはわかりませんけど!
「あんなに優れた剣技を持っているのにもったいない……」
エデンが悔しそうに膝を打つ。
それにしてもエデンってば、とことん純粋なやつよねー。ソフィーさんから自分がたまにエロい目で見られてるとか、気づいてもいないんだろうね。
ずっとそのままピュアな雪女族とのハーフでいてほしい。わたしがピュアなまま一生面倒見てあげるからついておいで♡
「でもさ、そのことをきっかけにソフィーさんは冒険者になったんでしょ?」
「たぶんそうだと思う」
「ソフィーさんが冒険者になったおかげで、エデンはここにこうしているわけだから、その縁談を断ったことにも感謝すべきじゃない?」
わたしの言葉を聞いて、エデンがハッとしたように顔を上げた。
「今まで気づかなかった……。ボクはなんて浅はかなんだ。貴族のご令嬢との縁談は絶対受けるべきなんて。ソフィーさんがそれを断ったことで救われたボクや、ほかのお店のみんなもいるんだ」
「そうだよー。そうして拾われた命を大切に生きようね」
「うん。精一杯生きよう」
「エデンが救われたのと同じように、これからいく孤児院からもたくさんの子たちを救って新しい未来を見せてあげられるといいね」
ソフィーさんが最初どんな気持ちで天使ちゃんたちを集め始めたのかはわからない。
だけど、間違いなく彼らを救ったのはソフィーさんなんだ。そしてこれからもたくさんの子たちを救っていく。そのお手伝いができるというのは純粋にうれしい。
生まれた国、場所、地域、環境。
ただそのことだけで満足な仕事にも就けず、不遇な目に合うなんて悲しすぎるもの。
まるで前世のわたし……。
アンラッキーな人生に1度くらい逆転のチャンスがあっても良いって思う。
それを掴めるかはその子次第だけど、誰にだってチャンスは必要だもの!
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