第4話 アリシア、悩む――キリが良いって何だろう

「そうかそうか、お前は肉が好きなのかぉ。たくさんあるからもっと食べて大きくなんだぉ。あ~んだぉ♡」


 正義の女神・リンレー様ことリンちゃんが、天使ちゃんJrの子を小脇に抱えて、甲斐甲斐しく口元に料理を運んでいる。

 とっても楽しそう! まあ、でもその天使ちゃんJrの子は赤ちゃんではないのよ……。背はちょっと低めだけど、わたしと同い年……。


「おいしいかぉ? ジュース飲むかぉ? そうかそうか♡ よちよちよち♡ こぼさず飲めてえらいぉ♡」


 ですから赤ちゃんでは……。

 いや、なんかキミもまんざらでもない顔して……まあいいか。2人が楽しそうならしばらく放っておきましょうね。



「そうだー。わたし、マーちゃんに聞きたいことがあったの!」


 ぜひ女神様のご意見をお伺いしたいのよー。


「なんじゃの? 我で協力できることなら遠慮なく言うのじゃよ」


 ありがとー♡

 さ、お酒もっと飲んで飲んでー♡


「えっとねー。ソフィーさんが王都の孤児院のオーナーさんたちと提携するって話は聞いてる?」


「聞いておるぞよ」


「それなら話が早いね! たくさんの天使ちゃんたちを雇い入れるには個人個人のスカウトだと間に合わないんだって」


「ソフィーも苦労しておるの」


「苦労してるねー。ロチェリスマインたちに捕まって生贄にされそうになるしー」


 まあ、あれは酔っぱらって祭壇を壊したソフィーさんが全面的に悪いんだけどね。


「それでね、聞きたいことっていうのが、孤児院側の人たちが、女の子も積極的に雇い入れてほしいって言ってきてるのね」


「性別が偏るのは良くないからの」


「おー、マーちゃんもそう思う? ほら、『龍神の館』ってソフィーさんの趣味で男の天使ちゃんしかいないじゃない?」


「おお、そういえばそうじゃの」


 マーちゃんが周りをキョロキョロ見渡して、初めて気がついた、といった具合にポンと膝を打った。


「えー! そんなものなの⁉ けっこう露骨に男の子しかいないじゃない? マーちゃんのお気に入りの天使ちゃんは……そこそこ中性的だけど、しっかり男の子だよ⁉」


 2人とも脱がせたら腹筋バキバキだし。

 え? 健康診断で! そう、健康診断だから! 悪いところはないか定期的にチェックしないとね!


「そうじゃの。アーちゃんと同じで、細いのに引き締まった肉体美を楽しんでおるの」


「わたしはそんな趣味ありませんー!」


 マーちゃんがいつも楽しそうに腹筋を撫でてるのを見て、ほんのちょこっとだけ興味が湧いただけなんだからねっ!


「それでそれで! マーちゃんは女の子の天使ちゃんを雇い入れることに賛成?」


 ほら、やっぱりマーちゃんはこのお店を守ってくれてる女神様だからさ、マーちゃんの意向に逆らうようなことは万が一にも避けておかないとね。絶対怒らないってわかってても、さすがに気分は良くないだろうし。


「あーしは大賛成だぉ! 女の子大好きだぉ♡」


 べろんべろんに酔っぱらったリンちゃんが会話に交じってくる。腕の中ですやすや眠る天使ちゃんJrの子を小脇に挟んで……。安らかな寝顔! また子守歌で寝かせたの?


「はいはい。リンちゃんが女の子大好きなのはなんとなく知ってましたー」


「ちゃんと男の子も好きだぉ。ほら、こうしてちゃ~んと愛してるぉ♡」


 眠り続ける天使ちゃんJrの子のほっぺたに音が鳴るほどのキスをする。

 なんかもう愛するっていうか……扱いが赤ちゃんなんだよねー。


「我は女の子も雇い入れたほうが良いと思うの」


「あ、そうなんだ! マーちゃんがそういうなら安心だー!」


「我はソフィーに、何度もそのように言っておったのじゃよ」


「うっそ! ソフィーさんってば、マーちゃんの話を無視して男の子ばっかり採用してるの⁉」


 不敬罪⁉ 処す⁉


「処さなくて良いぞよ。我は命令しているわけではないのじゃよ。そのほうがお店の発展につながると思っただけなのじゃ」


 マーちゃんはなぜか遠い目をして、ウィスキーのグラスを傾けた。


 ソフィーさんの鉄の意思。お店の発展よりも自分の趣味を……。


「でもここにきて、急にソフィーさんが女の子を雇い入れることに前向きになったんだよねー。ソフィーさんもようやくお店の発展を考えてくれるようになったってことかな!」


「失礼ね! 私はいつだってお店のことを第一に考えてるわよ!」


 と、ソフィーさんがノックもせずにVIPルームに入ってきていた。


「あ、ソフィーさんお帰りなさい。今ちょうどみんなでソフィーさんの陰口をたたいてましたー」


「アリシア……それをうれしそうに本人の前で言うのはやめなさいね? マーチャン様、ただいま戻りました。リンレー様、お越しいただきありがとうございます」


 ソフィーさんが深々とお辞儀をした。


「お邪魔しておるの」


「お邪魔してるぉ」


 マーちゃんもリンちゃんも持っているグラスをちょこんと持ち上げて挨拶を返す。


「ソフィーさんはずっと自分の趣味を優先してー」


「だから違うわよ! お客様のニーズに応えての結果で!」


「へぇー? へぇー? へぇー? これまではお客様もほとんどいなくて人件費ばっかりかかって火の車だったのにぃ?」


「そ、それは……経営を立て直せなかったのは私の不徳の致すところで……」


「っていう嫌味はまた今度に取っておくとしてー」


「アーちゃんはとっても良い性格しておるの。ほれ」


「あひゅん♡」


 マーちゃんが不意打ちでわたしの脇をくすぐってきて、変な声出ちゃった!


「ソフィーもようやく本腰を入れて経営を考えるようになって良かったの」


「マーチャン様まで……」


 ソフィーさんが少し恥ずかしそうにもじもじしていた。


「まあまあ、女の子の目利きには少々自信もありますから、わたしがいれば間違いないですよ!」


 手取り足取り教えちゃうもんね♡


「任せて本当に大丈夫かの……。新しく雇い入れた者のカウンセリングは我がするかの……」


 ああっ! マーちゃんにあらぬ疑いをかけられてる⁉


「あーしもカウンセリングするぉ。とりあえずおっぱい揉めばいいかぉ♡」


 それはわたしの仕事!


「やれやれ、先が思いやられるの……。ところでアーちゃん」


「ん? なんですか?」


「アーちゃんは、いつまでこの店にいるのじゃ?」


「え……」


 唐突な質問。

 いつまでって……それってどういう……。


「そう、よね……。マーチャン様のおっしゃる通りだわ。ずっと頼り切ってしまっていたけれど、アリシアの目的はローラーシューズの宣伝と販路を確保するためだったわよね……。その目的はもう達成しているんじゃなくて?」


 ソフィーさんがかつてないほど真面目な顔を向けてくる。

 わたしの目的……。


「うん……はい……」


 たしかにそう、かもしれない。

 お店は繁盛し、貴族の方がひっきりなしにローラーシューズショーを見てくださるようになった。ローラーシューズ自体に注目してくださる方も多い。最大のパイプとして、領主・ガーランド伯爵との面識もできた。わたしが売りたいと言えばいつでも売り始められる状況……。


「ずっと頼りっぱなしの私が言っても説得力はないかもしれないけれど、お店のことは気にせず、アリシアがやりたいことをやっていいのよ。お店の経営は私がなんとかすべきものなんだからね」


 キリが良いところまで。

 もうちょっとお店の経営が軌道に乗ったら。

 カジノをオープンしたら。

 天使ちゃんの補充ができたら。

 女の子の天使ちゃんがちゃんと活動できるようになったら。


 でもキリが良いって何だろう。

 わたしは無意識のうちに、このままここで働き続けるのも悪くないかなって思い始めていたのかもしれない。なんだかんだ天使ちゃんたちからもお客さんたちからもちやほやしてもらえるし、とても居心地が良いもんね。


 だけどすぐにお店を離れて何をしたら……。

 ローラーシューズを売って歩く?

 わからない。


「うーん。ちょっと考えます……」


 わたしはどうしたいんだっけ……?

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