第16話 アリシア、リンレー様の歌を聴く
「ところでリンちゃん。リンちゃんはこのミレンテ山脈の全部を把握していますか?」
わたしはこの後のことを気にして、リンちゃんことリンレー様に話しかける。
「全部とはどういう意味だぉ?」
「ええ、その、ソフィーさんたちがこのミレンテ山脈に来た目的は……雪女族の目撃情報を追って、だよね?」
隣にいるエデンに話を振る。
「その通りだよ。王都で偶然、雪女族がこのミレンテ山脈に住んでいるという情報を得たんだ。ミレンテ山脈の頂上付近は1年を通して常に雪が降り、そこに1人の雪女が住んでいるらしいと」
頂上付近ねー。ここは山の8合目か9合目辺りのはずだけど、普通にしっかりと暑い。まったく雪なんて降っていないし、どういうことなのかな……。
「ここって魔物が強力過ぎて国も管理できていないらしいんですよね。山頂付近の情報がぜんぜんないんですよー。リンちゃんがもし何か知っていたら教えていただきたいなと思いまして」
「そんなことかぉ。あーしはもちろんぜ~んぶ知ってるぉ」
リンレー様が酒樽をポンポンと叩く。
「あ、空になりました? すぐにおかわりをご用意いたします」
アイテム収納ボックスから新しい酒樽を取り出し、リンレー様の横に置く。
これだけ人気が出ると、そろそろちゃんと酒造をしたいなーって思ってる。そりゃね、原材料を用意して『創作』スキルで作るほうが味も質も量も安定するけれど、それでいいんだっけって気持ちは常に付きまとうわけで。たとえ失敗したとしても、地元名産のお酒、みたいな感じで売り出したいよねー。
「日乃本酒はうまいの。アーちゃんは難しいことを考えすぎなくても良いぞよ」
マーちゃんからのご意見、というかアドバイスをいただいた。
そっか。わたし、難しいことを考えすぎてるのかな。
「難しいですかねー」
「みなが喜んでいればそれで良いのじゃ。消費する側は製造方法など細かいことは気にしないものじゃよ」
なるほど……。
喜べばそれで良い。たしかにそうかもしれないね。
あー、製造方法言えば、あのフライドチキンの秘伝のスパイスとやらの情報がほしい! 今あれが手元にあったら、『構造把握』で味を完璧に再現できるのに! 一度前世の世界に行ってみたいな!
「お酒うまいぉ。それで山頂付近の話だったかぉ?」
どこかに行きそうになった思考を、リンレー様が引き戻してくれる。
「そうですそうです! こんなに暑いのになんで1年中雪が降っているのかと、それは雪女族の影響なのかを知りたいです!」
「それっ! ボクも知りたいですっ!」
もしかしたら同胞に会えるかもしれない。そんな思いからか、エデンの声が上擦る。
できるなら会わせてあげたい――。
「結論から言うと、ミレンテ山脈に雪女族はいないぉ」
「いない……ですか」
エデンの膝が崩れ、その場にうずくまってしまった。
うーん、ガセ情報だったかー。かなしいね。
「今はいないぉ。いなくなった、というのが正確な表現だぉ」
「というと?」
「10年ほど前まではたしかに1人いたぉ」
「なんと! 雪女族の方が1人いた!」
「そうだぉ。その名残で、今も山頂に雪が降りつづけているぉ。あーしが住みやすいように調整してやったんだぉ」
「ということは、リンちゃんはその雪女族の方と会ったことがある、のですか?」
「もちろんだぉ。一族から追放されて途方に暮れていたところを、ここに連れてきて住まわせてやったのはあーしだぉ」
待って待って。ちょっと情報量が多い。
追放? リンレー様が連れてきた?
「その方は追放されてここに? 何があったのか……聞いても良いですか?」
一族から追放された雪女族。
もしかしたら聞きたくない情報が混じっているかもしれない。
エデンの様子も確認しつつ、遠慮がちに尋ねる。
リンレー様はわたしとエデンの顔を交互に見つめた後、お猪口に視線を落としてから言った。
「それは誰にも言わない約束をしているぉ」
「そう、ですか……」
「そんなに残念そうな顔をするんじゃないぉ。あの……雪女族はちゃんと生きているぉ。ずっと一所に住むと、こうして噂を聞きつけて見に来たり、悪さをしようとする輩が出るから仕方なく居住地を移したんだぉ」
納得。
希少な種族だけあって、それを利用しようとする者も少なくないはず。リンレー様はそれも見越して手助けを――。
「もしかして、このミレンテ山脈に国も管理できないような協力が魔物が出るのって……」
「もちろんあーしが魔物たちも育ててるぉ」
「やっぱり……」
女神様たちって信徒のためには何でもしてくれる。
逆に言えばそのためにはどんな犠牲も払うってことで。
「まさか生贄の噂を放置していたのも……」
「うまい。酒がうまいぉ」
あ、リンちゃんが不自然なまでにごまかしてきたぁ!
まあでも、さすがにもっと前からこの地に住んでいるピクシーたちも利用して、雪女族の人を守って、ほかの人たちが訪れにくくしていたとは言いづらいか……。
「はいそうですねー、お酒がおいしくてなによりですー。ま、わたしが知りたかったことは聞けましたからもう大丈夫です。ありがとうございましたー」
エデンはどう? ちゃんと聞けた?
と、視線を向けてみたけれど、小さく首を振って返してくる。これ以上は何かを聞くつもりはなさそうだった。
遠慮せずに聞いてもいいんだよ?「その雪女族はどこに移り住んだのですか?」「その雪女族の名前はなんて言うのですか?」って。答えは返ってこないかもしれないけれど、エデンにはそれを聞く権利はあるはずだから。
「また1から情報を集めます。生きているということがわかっただけでも感謝しかないです」
リンちゃんははっきりとは言わないけれど、エデンにはわかっているのかもしれないね。ここにいたのが誰だったのか。
「そうだね。わたしもソフィーさんも、お店のみーんなも、エデンの味方だから。また一緒に探そう!」
「ありがとう暴君……。ボクはこんなにもやさしい人たちに囲まれてしあわせだよ」
エデンが左目から一滴の涙をこぼし、袖でそっと拭った。
「雪女族は美しいぉ。エデンたん、そばにくるぉ」
「ボク、ですか?」
リンレー様の手招きに、エデンがおずおずと従う。リンレー様とマーちゃんの間に座らされ、居心地が悪そうに視線をさまよわせていた。
「エデンたんが信徒になったお祝いに、あーしが1曲、エデンたんのために歌ってあげるぉ」
リンレー様がエデンの肩を抱き寄せると、静かに歌いだす。
なんてやさしいメロディ――。
言葉の意味はわからないけれど、そこに込められた想いは伝わってくる。
エデンはリンレー様の肩に頭を預けて目を閉じたまま、その歌声に耳を傾けていた。
気がつけばそこにいたみんなが、リンレー様の前に集まっていた。
それまでどんちゃん騒ぎをしていたソフィーさんやハインライトさんもピクシー族のみんなも、神妙な面持ちでその歌声に注目している。
静かに盛り上がり、そして何度か同じフレーズがリフレインされ、だんだんと歌声が小さくなっていく。
歌が終わり、みんなが一斉に拍手しようとした瞬間、リンレー様は自身の口に人差し指を当てて制止する。
エデンが静かに寝息を立てていた。
両頬に残る一筋の涙の跡。
雪女族の人は、たしかにここにいたんだね。
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